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グラフェン:世界一薄い究極の二次元材料

更新 2024-2-25

グラフェン(Graphene)

この世界には様々な元素がありますが、科学の中心となる元素が炭素であることを疑う人は少ないでしょう.炭化水素を含む物質を扱う有機化学だけで一つの大きな学問体系を形成していますし、生物学、考古学(放射線年代測定)、産業(石炭、石油)などのあらゆる分野で炭素が主役として君臨します.

炭素には様々な多形が存在し、構造が変わるだけで性能も大きく変わります.

例えば、ダイヤモンド.炭素の共有結合からなる堅固な結晶で、地球上の物質の中で最も高い硬度を誇ります.例えば、黒鉛.ダイヤモンドとは大きく異なる脆い層状物質で、鉛筆の芯や潤滑剤、電池の電極材料に使用されます.例えば、フラーレン.炭素のみからなるカゴ状の分子で、医薬品や触媒、電池材料への応用が進んでいます.

数ある炭素の同素体の中でも、グラフェンは比較的新しい材料で、2004年に発見されました.

グラフェンは、炭素原子がハニカム状の二次元層を組んだ、原子一層分の厚みしか無い究極の二次元材料です.グラフェンは電子伝導度と熱伝導度が極めて高く、引っ張りなどの変形に対して非常に強い特性を示します.磁気的、光学的にも唯一無二の興味深い特性を示し、応用分野も豊富です.

究極的にシンプルな構造から驚くほど複雑かつエキゾチックな物性の舞台となる革新材料、グラフェンについて見ていきます.

グラフェンとその発見

炭素は価電子を4つ持ち、それゆえ4つの共有結合を形成します.

炭素の電子配置は (2s)^1(2p)^3でs電子とp電子の結合性は異なるはずですが、s軌道とp軌道が混成することで等価な4つの電子軌道を生成します( sp^3混成軌道).それゆえ、メタンやエタンなどでは炭素の4つの結合は結合距離の等しい等価なものです.

ダイヤモンドでも炭素は、それぞれ互いに等価な4つの結合を隣の炭素原子と形成します.ところが黒鉛(グラファイト)では様子が異なり、炭素原子はそれぞれ3つの結合しか持ちません.

このとき、炭素は sp^2混成軌道を構成し、同一平面内に3つの等価な結合ができます.残った1つの電子は p_z軌道にあり、平面内でπ結合を担います.

層間には共有結合がないため束縛が弱く、それゆえグラファイトは容易に層を引き剥がすことが可能なように思われます.ところが、本当に原子一層だけの物質が得られるかは懐疑的な見方もありました.

かつてLandauとPeierlsは、厳密な2次元結晶は熱力学的に不安定であり、存在し得ないと主張しました.曰く、低次元では熱ゆらぎの影響が深刻となり、原子の変位が有限温度で原子間距離と等しくなって分解してしまうということになります.[a,b]

しかし、グラフェンの発見によって常識は覆りました.

グラフェンは基盤の上や溶液中で「束縛されない状態」で得られ、しかも極めて高い結晶性を示します.この得られた二次元物質は準安定状態にありますが、常温でも安定に存在しえます.

グラフェンの発見

グラファイトが昔から知られていたため、グラフェンの探索もそれなりの歴史を持ちます.グラファイトの層間に別原子を入れて層間距離を引き伸ばす方法、基盤に炭素原子を成長させてグラフェンを育成する方法などがとられましたが、単一層のグラフェンの合成は困難を極めました.

結局のところ、グラフェンは黒鉛をセロテープによって何度も剥離を繰り返すことを繰り返すことではじめて得られました.[c,d]

コロンブスの卵のような発想に思うかもしれませんが、剥離してから実際にグラフェンを実験に使用するまでも困難が付き纏います.第一、原子一層だけの物質(当然、小さすぎて目には見えません)をどうやって見つけるのでしょうか.

剥離をし終わっても、グラファイトの山の中に眠っているグラフェンはほんの僅かです.干し草の中の針を探すようなものです.

気の遠くなるような試行錯誤の末、 \rm{SiO_2}の厚みを調整した \rm{Si}ウェーハの上にグラフェンを置くと、光学顕微鏡でグラフェンが見えるようになることが分かり、グラフェンの同定に活用されるようになりました.

この方法も簡単ではなく、 \rm{SiO_2}の厚さがわずかに異なるだけでグラフェンは見えなくなります.現在では、ラマン分光を使用するなどグラフェンや他の二次元物質を検出する方法が広がっています.

また、近年では、剥離法以外にも基盤にグラフェンを成長させる方法が確立しています.化学気相法(CVD)が主に使われ、前駆体物質の熱分解と熱による炭素の凝集により炭素原子層を作成します.

グラフェンの性質

グラフェンは表面積が大きく、原子一つすら通さない密封性を持ちます.非常に大きな熱伝導性を示し、ユニークな光吸収特性を示す一方で、機械的強度は極めて強くヤング率(1 TPa)はあらゆる物質の中でも最強クラスです.

グラフェンはゼロギャップの半導体として振る舞います.グラフェンは、発見当初から高品質な結晶が得られており、常温で極めて高い電子移動度を示します.また、量子ホール効果(ホール伝導度がある値の定数倍に量子化される現象)を常温で示すなど、今までの物質では考えられないような電子物性を示しました.

グラフェンの中にある電子は光速度に近い速さで運動し、それゆえ従来のシュレーディンガー方程式では記述しきれないことが分かりました.代わって相対論を考慮したディラック方程式によって表され、質量ゼロのディラック・フェルミオンを持ちます.

この性質により、グラフェンの性質は量子力学の枠組みを超え、素粒子論とも関わりを持ちます.

グラフェンの特性は多岐にわたり、それゆえ応用先も様々なものが考えられています.室温での高い電子移動度を活かした半導体デバイス、優れた表面積と伝導度を活かしたセンサー材料のほか、電池材料、ディスプレイ素材、触媒などへの応用が進んでいます.

グラフェンは原子一層分の厚みしか無いために、基盤との相互作用で容易にたわんでしまい、物性に影響を与えてしまいます.これを避けるためには原子レベルでフラットな基板材料が求められます.六方晶窒化ホウ素はこの要望を満たすものであり、日本のNIMSのグループが製造の中心を担って世界中のグラフェン研究を支えています.[e]

ねじれグラフェンの発見

グラフェンは原子一層だけで構成されますが、二層にしたら何が起こるでしょうか.

二層目のグラフェンを「少しだけ角度を変えて」積層させることで全く異なる性質を示すことが2018年に明らかとなりました.魔法角と呼ばれる角度において電子構造が大きく変わり、ある角度では超伝導が生じます.超伝導の相図は高温超伝導体のものと類似しており、それゆえ新しい非従来型超伝導体と目されています.

この発見は世界を震撼させ、「ねじれ角」を新たなパラメータに据えたツイストロニクス分野の幕開けとなりました.グラフェン以外の二次元物質にも「ねじれ」の概念が拡張され、新しい発見が続いています.

まとめ

炭素はありふれた元素ですが、炭素からなる物質は非常に奥深く、あらゆる分野で顔を出します.グラフェンへの興味は当初、物性物理が主でしたが、化学分野・生物分野でも無二の性質を示すことが明らかになりました.

その顕著な電子物性、高い表面積、優れた機械特性、熱特性から、ナノテクノロジー、生体医工学、材料科学、物理学、グリーンケミストリーなどのあらゆる分野で新規材料として注目されています.

一方で、安価に高純度のグラフェンを製造することは未だ簡単ではなく、実用化に向けた研究開発が続いています.日常生活でグラフェンを見かけることは待ったなしの状況ですが、分野によっては国家・社会的なサポートが必要かもしれません.

グラフェンは二次元材料の先駆けとなり、同様の観点から六方晶窒化ホウ素、シリセン(シリコン単層)、ゲルマネン(ゲルマニウム単層)、スタネン(スズ単層)、遷移金属カルコゲナイド、黒リンなどの材料が次々と単離されています.

いずれもグラフェンとは異なる物理・化学的性質を示し、次世代のナノテクノロジー材料として期待されています.

また、こうした二次元物質を「重ねる」ことで新しい物性が現れるなど、その自由度は計り知れず、研究の熱も止みそうにありません.

参考文献

Nanoscience and technology: a collection of reviews from nature journals. 2010. p. 11-19.

Science, 2009, 324.5934: 1530-1534.

Journal of Science: Advanced Materials and Devices, 2020, 5.1: 10-29.

[a] Peierls, R. E. Quelques proprietes typiques des corpses solides. Ann. I. H. Poincare 5, 177-222 (1935). 
[b] Landau, L. D. Zur Theorie der phasenumwandlungen II. Phys. Z. Sowjetunion, 11, 26-35 (1937).

[c] Science, 2004, 306.5696: 666-669.
[d] Proceedings of the National Academy of Sciences, 2005, 102.30: 10451-10453.

[e] Nature nanotechnology, 2010, 5.10: 722-726.

[f] Nature, 2018, 556.7699: 43-50.

[g] Nature, 2018, 556.7699: 80-84.

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).