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ハーバー・ボッシュ法:人口を倍増させた驚異の反応

ハーバー・ボッシュ法(Haber-Bosch process)

植物の生長に必要な3要素として窒素、リン、カリウムが知られています.中でも窒素はタンパク質の素となり、植物の根や葉や果実を大きく成長させるためになくてはならないものです.

窒素は空気中に大量にあるため不足することはないと思われがちですが、安定な窒素分子を植物がそのまま吸収することはできません.アンモニウム塩や硝酸塩のような無機化合物に変換することではじめて肥料として利用することが可能になるのです.

しかし、窒素肥料を用意するのも簡単ではありませんでした.生物由来の有機肥料を除けば、20世紀前半までは硝酸ナトリウム鉱石が窒素肥料として使用されていましたが、限りある資源に生産を依存していては増え続ける人口を維持し続けることはできません.

そのような状況下でFritz Haberによって発見され、Carl Boschによって工業化されたハーバー・ボッシュ法「空気からパンを作りだす」と言われるほど画期的なものでした.

この反応法では窒素と水素から直接アンモニアを作り出します.アンモニアは肥料の素となります.肥料が容易に合成でき、安定的に食物を供給できるようになった人類は、爆発的に増加していきました.推計によると、過去100年間に生まれた全人類のうち約40億人がハーバー・ボッシュ法による恩恵で産まれたとされています.

過去100年、そして未来に至るまでの世界を根本的に変えてしまったハーバーボッシュ法とはどのような反応なのでしょうか.

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ハーバー・ボッシュ法とそのすごさ

肥料や工業材料としてのアンモニアの需要は古くからありましたが、問題はその供給源です.天然鉱物由来の窒素源には限りがあることから、アンモニアを人工的に合成する方法の研究が始まります.最も身近な空気には8割近くも窒素が含まれていますが、三重結合を持つ窒素分子は非常に安定であり、他の物質と反応することはほとんどありません.

気体の窒素分子を反応させ窒素源として取り出すことを窒素の固定化と呼び、20世紀初頭の化学における大きな課題でした.電気ア一クで酸素と窒素を反応させて一酸化窒素を取り出し、次いで硝酸を合成するビルケラン・エイデ法や炭酸カルシウムと窒素の反応から\rm{CaCN_2}を得るフランク・カロー法などが開発されたものの、前者はコスト面、後者は生成物の毒性とそれぞれ課題がありました.

1909年、ドイツの化学者Fritz Haberは、水素と窒素を用いて実験室スケールでアンモニアを合成するスキームを完成させました.これはさらにCarl Boschによって産業スケールへと改良され、大規模なアンモニア合成への道が開かれます.

このハーバー・ボッシュ法では、水素とコークスの反応(水性ガスシフト反応)から得た水素と液体空気から分別された窒素を用い、高温高圧かつ鉄系触媒の存在下でアンモニアを製造します.Fritz HaberとCarl Boschはそれぞれ1918年、1931年にノーベル化学賞を受賞しています.

ハーバー・ボッシュ法によって大量生産が可能になったアンモニアは肥料や工業製品の原料としてふんだんに活用されました.一方で、ちょうど第一次世界大戦の時期と重なったこともあり、爆薬やガスといった軍事物資としても使われることになります.食物を生産して人口増の主要因となり、多くの化学製品や薬物の原料となって産業を発展させただけでなく、人を殺す武器の原料としての側面もありました.

ハーバー・ボッシュ法は農業や産業の仕組みだけでなく、世界の歴史そのものを大きく変えたのです.

ハーバー・ボッシュ法の反応

ハーバー・ボッシュ法には水素と窒素、そして鉄系の触媒が使用されます.反応式自体はこれ以上ないと言っていいほど簡素です.

  \rm{N_2+3H_2 ↔ 2ΝΗ_3, ΔΗ = -92.28 kJ}

  K= \dfrac{p^2(NH_3)}{p(N_2)p^3(H_2)}

反応式から分かることを見ていきましょう.

合わせて4分子が反応して2分子が生成するので、全分子量は減り、それゆえ気体の体積が減少することになります.ル・シャトリエ=ブラウンの原理に基づけば、より外部圧力をかけることで平衡が右に偏り、アンモニアが生成しやすくなるはずです.すなわち、圧力をかければかけるほどアンモニアの生成が有利になります.

また、エンタルピー変化が負であるため、発熱反応です.同様にル・シャトリエの原理に基づけば、より低温にすればするほど平衡は右に偏ります.実際、室温付近では平衡定数が1に近い(=反応がほぼ完全に進行する)のですが、反応は実際には全く進行しません.

これは、反応の活性エネルギーが非常に大きいため、室温では反応が遅すぎて目に見える量のアンモニアが得られないためです.そのため、実際の反応系では温度をある程度上げて行います.

まとめると、高温・高圧の条件でこの反応は進行することが分かります.圧力は高ければ高いほど良いのですが、反応容器の耐久性の問題があるので300気圧ほどで行われます.一方、温度が高すぎると平衡定数が小さくなって生成量が減り、低すぎると反応が進行しないので悩ましいところです.

ハーバー・ボッシュ法の触媒

Fritz Haberによる最初のプロセスでは、オスミウムが触媒として使用されていました.また、ウランも同じく効果的であることを発見していました.しかし、いずれも高価で有毒であることからあまり使用したい元素ではありません.

試行錯誤の末、鉄系鉱物のマグネタイト(\rm{Fe_3O_4})系の触媒で有望であることを発見します.しかし、ただのマグネタイトではダメで、アルミナとカリウムを含むものが良いとされました.

触媒にはどのような性質が必要でしょうか.ハーバー・ボッシュ法では、触媒の表面に吸着した窒素と水素が反応することでアンモニアが生成します.これが起こるためには、まず触媒が窒素を十分に引き付ける能力を有している必要がありますが、引き付けやすすぎてもアンモニアが離れていかないのでダメです.

結局、引っ付きやすさがちょうどいい(あるいはどっちつかずの)金属が良いということになります.窒素の引き付けやすさは窒素との吸着エネルギーで評価され、確かに真ん中あたりの値を示す金属が最も触媒活性が高くなっています.

Volcano plot

A volcano plot (a Creative Commons CC-BY license 4.0) [1]

では鉄だけで良いのかといえば、それだけでは優れた触媒にはなりません.触媒の表面積が大きくなるほど反応は進行しやすくなるため、表面積の大きな多孔性の材料が用いられます.細かく粉砕した鉄を酸化し、部分的に還元することで作成された、大きな表面積を持った鉄系触媒を使用します.

鉄に温度を加えると、焼結が進んで凝集して活性がなくなってしまいますが、アルミナを加えることでこれを防いでいます.また、カリウム酸化物などの塩基は窒素分子に電子を与え、強固な三重結合を解離するためのアシストをしてくれます.

まとめると、鉄が窒素を引き付けた後にアンモニアを逃がすための舞台となり、アルミナはそんな鉄が固まらないように和らげ、塩基が窒素の解離を助けます.鉄だけではうまくいかず、これらが合わさって機能することでプロセスが進みます.

鉄以外の金属

長らくハーバー・ボッシュ法の触媒といえば鉄系触媒でしたが、他の元素ではダメというわけではありません.周期表で鉄と同じ属に位置する元素も同じく優れた特性を示します.特にルテニウムは鉄を超えるほど高い活性を示します.問題があるとすれば高価なことで、鉄系触媒を置き換えるほどの影響力はありません.

触媒活性を向上させるため、なんらかの物質の粒子を土台にしてその上に細かく金属粒子を分散させた(担持させた)触媒材料も現れています.土台としては金属に電子を供給するような物質が有望で、電子化物(エレクトライド)や水素化物が使用されています.

このような製法の元では、チタンやニッケルといった触媒活性が低いとされていた金属元素でも優れた活性を示すことが明らかにされています.[2]

反応機構の探求

産業的に確立された反応であるにもかかわらず、反応メカニズムは長らく謎のままでした.これは、原料や生成物を分析するならともかく、アンモニアが生成される反応過程を「その場」で観察することが非常に難しかったことに由来します.

Gerhard Ertlは当時の最新の分光学測定を行い、触媒表面での反応過程に迫りました.鉄触媒表面ではまず窒素分子が解離して\rm{N}原子として吸着します.その後、水素分子の解離で生じた\rm{H}原子が順次反応して\rm{NH、NH_2}となり、最後に\rm{NH_3}となって脱離します.

その他に様々な固体表面における化学プロセスを明らかにした功績でErdは2007年のノーベル化学賞に輝いています.これでハーバー・ボッシュ法に関わる3人目のノーベル賞です.

一方で、固体の触媒反応を調べる際に用いられる分光法は高真空化でしか行うことができず、高温高圧環境下で行われるハーバー・ボッシュ法の反応過程の現場を追うことは困難でした.

そんな中、2024年、常圧でX線を用いた表面の分光解析を行うという驚異の技術が開発されました.これにより、大気圧中におけるハーバー・ボッシュ法の反応の様子が解き明かされ、反応の律速段階が用いる触媒によって異なることが明らかにされました.\rm{Ru}を用いれば常に窒素の解離が律速ですが、\rm{Fe}を用いた場合は温度によって律速段階が異なります.[3]

今後も分析技術は発展していくと思われるので、さらに反応メカニズムへの理解が進み、より温和な条件でアンモニア合成を行うことのできるプロセスが開発されるのではないでしょうか.

まとめ

およそ100年前に開発されたハーバー・ボッシュ法以降、世界は様変わりしました.マルサスの人口論でネックとされていた「人口増に対して食物の供給が追い付かなくなる」問題をアンモニアおよび化学肥料の大量合成によって解決しました.

これだけ見ればFritz Haberは人類の英雄ですが、戦争の時代と重なったことで悲劇が起こります.兵器としてのガスの製造に携わり、主導したことでHaberは連合国から戦争犯罪人の一人だとみなされました.化学は人類を救うためだけにあるのではなく、使い道によっては人類を破滅させることも可能なことを思い出させてくれます.

個人的には、愛国者として国家に貢献しようと尽力したHaberの考えを全否定したくはありません.これまで弓矢や爆薬、原子爆弾といった兵器の考案者・製造者が戦争犯罪人として裁かれていないのは、その戦争で敗北していないからです.Haberは時代に翻弄された悲劇の化学者であり、時代が違えば稀代の天才的化学者として永遠に称された人物であったと思います.もちろんそんなIFはないわけですが.

いずれにせよ確立されたハーバー・ボッシュ法はHaberの死後も使用され続けています.およそ100年がたち、すっかり枯れた技術とみなされていましたが、最近になってアンモニア生成の効率が良い新しい触媒材料が続々と生み出されています.これは電子化物(エレクトライド)や複合アニオン化合物といった比較的最近生まれた物質によって可能になりました.その他にも、分析技術の発展によって反応過程の理解も進みました.[2]

相変わらず人類にとって必須のアンモニアの製造がハーパー・ボッシュ法から新しい領域に進化する日も近いかもしれません.

参考文献

"Current and future role of Haber–Bosch ammonia in a carbon-free energy landscape." Energy & Environmental Science 13.2 (2020): 331-344.

"Development and recent progress on ammonia synthesis catalysts for Haber–Bosch process." Advanced Energy and Sustainability Research 2.1 (2021): 2000043.

"How a century of ammonia synthesis changed the world." Nature geoscience 1.10 (2008): 636-639.

[1] "Reversible ammonia-based and liquid organic hydrogen carriers for high-density hydrogen storage: Recent progress." international journal of hydrogen energy 44.15 (2019): 7746-7767.

[3] "Ammonia synthesis using a stable electride as an electron donor and reversible hydrogen store." Nature chemistry 4.11 (2012): 934-940. / "Titanium-based hydrides as heterogeneous catalysts for ammonia synthesis." Journal of the American Chemical Society 139.50 (2017): 18240-18246. /  "Vacancy-enabled N2 activation for ammonia synthesis on an Ni-loaded catalyst." Nature 583.7816 (2020): 391-395.

[3] "Operando probing of the surface chemistry during the Haber–Bosch process." Nature 625.7994 (2024): 282-286.

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).