はじめよう固体の科学

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XRD, XAS, XPS…:X線を利用した実験手法の一覧

X線を利用した物質の分析手法

X線や電子、イオンなどを物質にぶつけると、物質内で様々なことが起こります.物質表面で回折や反射されることもあれば、電子やイオンを放出することもあります.そうして出てきたものを検出・分析することで、物質の状態について様々なことが分かるのです.

ぶつけるもの」「物質内で起こること」「検出するもの」の組み合わせはいくつも考えられ、それぞれについて独自の測定手法が発展してきました.測定法の選択肢が増えることは喜ばしいですが、あまりに数が多すぎて何がなにやら分からなくなってしまいます.例えば、セラミックス内部のイオンの価数を知りたい場合は、どのような手法を用いれば良いでしょうか.

今回は、様々な分析手法のうち、X線を用いて分析を行う手法をまとめました.XRD、XAS、XPS...様々な手法にはどのような違いがありますが、どのように使い分ければ良いでしょうか.

Interaction with x-ray

X線を物質に当てると起こること

X線とは可視光や電波と同じ電磁波の一種であり、中でも特に高いエネルギーを持ち、空気中や物質中を透過・直進します.波長は\rm{1-1000\text{ }pm}程度であり、固体中の原子間距離と近いため、結晶格子によって回折されます.また、X線は電荷を持たないものの、原子と相互作用することで電子を弾き飛ばします.

X線を物質に照射すると、まず起こるのは透過です.物質内に侵入して通り抜け、入射方向と同じ方向に放出されます.しかし、出てくるX線は元と同じではなく、ある程度のエネルギーが吸収されているはずです.

あるいは、物質によってX線が散乱される場合もあります.散乱されたX線のうち、ある決まった方向に「お行儀よく」放出されるX線は回折されていて、物質内の結晶構造の情報を持ちます.また、X線が原子にエネルギーを与え、新たに電子や電磁波が発生する場合もあります.

これらの「出てくるもの」を検出することで、様々なことが分かります.以下では、どのような測定手法があるか見ていきます.

X線が「吸収」される分析

入射したX線が物質内を透過しますが、物質内の相互作用によっていくらかのエネルギーが失われます.物質や含まれる化学種によって吸収の大きい(小さい)エネルギー値が決まっており、これを利用して物質の同定や物質内の原子の状態を知ることができます.

X線の吸収を利用した分析法をX線吸収分光法(XAS)と総称し、XAFSやXMCDなどが知られています.連続的に入射X線のエネルギーを制御する必要があるので、エネルギー可変で強度の強いX線が得られるシンクロトロン放射光施設の光源が用いられます.

Absorption

X線吸収微細構造(X-ray Absorption Fine Structure, XAFS)

物質内の原子中では、電子が取りうるエネルギーの値が決まっているため、ちょうどエネルギー準位間のエネルギーに対応するエネルギーを持つX線をよく吸収します.これを吸収端と呼びます.

X線の吸収スペクトルのうち、吸収端付近には非常に微細な構造が現れ、これをX線吸収微細構造(XAFS)と呼びます.

吸収端のうち高エネルギー側と低エネルギー側で微細構造が大きく異なり、前者を広域XAFS(Extended X-ray Absorption Fine Structure, EXAFS)、後者をX線吸収端近傍スペクトル(X-ray Absorption Near Edge Structure, XANES)と呼びます.

吸収端は元素ごとに異なる位置にあるので、入射X線のエネルギーを変えることで、元素別に分けた情報を得られる点が優れています.

参考リンク

MST|[XAFS]X線吸収微細構造

X線吸収微細構造解析(XAFS) | 表面分析 | 株式会社東レリサーチセンター | TORAY

X線吸収微細構造(XAFS)とは

 XAFS(ザフス)-手法と事例- — SPring-8 Web Site

広域XAFS(Extended X-ray Absorption Fine Structure, EXAFS)

XAFSのうち、吸収端から50 eVを超えたところから1000 eVくらいまでの範囲を指します.EXAFSスペクトルには物質の立体構造に関する情報が含まれ、ある原子の周囲にどの原子がどのくらいいるかが分かります.これにより、XRDなどから得られる平均構造からは分からないような局所構造への知見が得られます.

参考リンク

EXAFS入門

Theoretical Foundations of XANES and EXAFS and their Applications

X線吸収端近傍スペクトル(X-ray Absorption Near Edge Structure, XANES)

XAFSのうち、吸収端が始まったあたりから50 eV程度のところまでを指します.電子が詰まった準位から空の準位までのエネルギー差に対応し、元素の価数や化学的な状態についての知見が得られます.吸収端の始まりが高エネルギーであれば、電子がより強く束縛されている(=陽イオンの価数が大きい)ことを意味します.

X線磁気円二色性(X-ray magnetic circular dichroism, XMCD)

磁場中で左円偏光および右円偏光で測定された2種類のX線吸収スペクトルの差をとったものがXMCDです.光吸収強度は、円偏光のスピンと物質の磁化の相対的な向きによって変わるため、物質内の原子のスピンや軌道磁気モーメントの方向や大きさに関する情報が得られます.また、物質全体の平均的な磁気特性を見る通常の磁気測定とは異なり、入射X線のエネルギーを適切に変えることで元素ごとの磁気特性が分かります.

参考リンク

XMCD

X-Ray Absorption Magnetic Circular Dichroism

XMCD of 今田研究室「スピン物性分光」 - 立命館大学

X線によって何かが「放出」される分析

物質内にX線が侵入すると、X線の持つ大きなエネルギーによって物質内の電子を弾き飛ばすことがあります.こうして物質外に出てきた電子あるいは二次的に発生した電磁波を分析することにより、物質内の状態に関する知見が得られます.

Emission

X線発光分光(X-ray emission spectroscopy, XES)

XESとは、X線を物質に入射して内殻電子を外殻状態へと励起し、その励起状態が緩和する際に発生するX線を分光する測定手法です.

XESは、分析する目的やエネルギー範囲によって細分化されます.入射光のエネルギーが内殻電子の吸収端付近への励起に共鳴するものを共鳴X線発光分光(Resonant X-ray emission spectroscopy, RXES)と呼び、そうではなく入射光のエネルギーが吸収端よりも遥かに大きく、内殻電子が高エネルギー連続帯へと励起される場合を「通常の共鳴X線発光分光」(Normal X-ray emission spectroscopy, NXES)と呼びます.

XESにより、物質中の特定の元素に着目した化学結合の評価が可能となります.

参考リンク

Bergmann, Uwe, and Pieter Glatzel. "X-ray emission spectroscopy." Photosynthesis research 102 (2009): 255-266.

MST|[SXES]軟X線発光分光法

蛍光X線分析法(X‐ray Fluorescence, XRF)

XRFは、X線を物質内に入射した際に発生する蛍光X線を利用した測定手法です.

原子にX線を照射すると、内殻電子が原子外に励起されることで内殻に空孔が生成し、その空孔に外殻電子が遷移します.その際、遷移前の状態と遷移後の状態のエネルギー差に相当する蛍光X線を放出します.蛍光X線のエネルギーは原子によって固有の値を持つため、これを物質の元素分析法として利用します.

XRFにより、測定試料中の主要元素、微量元素に関する定性的・定量的情報を得ることが可能です.

参考リンク

MST|[XRF]蛍光X線分析法

蛍光X線分析とは? | Bruker

蛍光X線分析:原理解説 : 日立ハイテク

蛍光X線分析 | Rigaku

X線光電子分光法(X-ray Photoelectron Spectroscopy    XPS)

XPSは、物質にX線を照射した際に表面から電子が放出される現象(光電効果)を利用した分析手法です.得られた光電子の運動エネルギーを分析することで試料表面の組成や化学結合状態に関する情報が得られます.ESCA(Electron Spectroscopy for Chemical Analysis)と呼ばれることもあります.

参考リンク

MST|[XPS]X線光電子分光法

光電子分光装置 | やさしい科学 | 製品情報 | JEOL 日本電子株式会社

X線光電子分光法(XPS)の原理と応用 | JAIMA 一般社団法人 日本分析機器工業会

表面分析情報/XPSとは l アルバック・ファイ株式会社

X線光電子分光法(X-Ray Photoelectron Spectroscopy: XPS)|高分子分析の原理・技術と装置メーカーリスト

X線が「散乱」される測定

物質に入射したX線は、入射方向とは異なる様々な方向に散乱されます.散乱されたX線の進む方向やエネルギーを分析することによって物質に関する様々な情報が得られます.

Scatter

X線回折法(X-ray Diffraction, XRD)

物質の中でも「結晶」は、原子が規則正しく並んだ周期的な構造を持ちます.構造の周期に近い波長を持つ電磁波(=X線)が入射すると、特定の方向にのみX線が強く散乱されます.散乱方向は物質の結晶構造によって決まり、散乱方向と強度を分析することによって物質の結晶構造を明らかにすることができます.

粉末から単結晶まで様々な材料に適用可能で、材料に残留する歪みや結晶性、結晶粒の大きさに関する情報も得られます.特に、散乱角の小さい領域に現れる散乱X線を分析する手法をX線小角散乱法(Small Angle X-ray Scattering, SAXS)と呼びます.

参考リンク

MST|[XRD]X線回折法

X線回折装置の原理と応用 | JAIMA 一般社団法人 日本分析機器工業会

X線回折(XRD) | 構造解析 | 株式会社東レリサーチセンター | TORAY

X線回折 | Rigaku

X線回折装置 (XRD) をわかりやすく解説 | 株式会社日産アーク

MST|[SAXS]X線小角散乱法

非弾性 X 線散乱(Inelastic x-ray scattering, IXS)

XRDは、入射X線と散乱X線のX線のエネルギーの等しい弾性散乱です.一方、X線が散乱する際には入射X線よりもエネルギーの小さい非弾性も起こります.このX線を分析する手法が非弾性X線散乱法(IXS)です.非弾性X線は弾性X線と比べて強度は弱いものの、エネルギーに加えて運動量の情報も含みます.これにより、電子の運動状態に関する詳細な情報が得られます.

IXSの中でも、内殻電子の吸収端に近いエネルギーのX線を入射することで内殻電子を共鳴励起し、緩和して出てきたX線を分析する手法が共鳴非弾性 X 線散乱(Resonant inelastic x-ray scattering, RIXS)です.この手法は、原子選択的・サイト選択的な情報を得られるため、近年は物性物理分野で広く活用されています.

参考リンク

Inelastic x-ray scattering, IXS

日本結晶学会誌 1998 年 40 巻 2 号 p. 177-184

まとめ

X線を物質に入射するだけで様々な現象が起こり、それら様々な現象一つ一つに意味があります.それぞれを深掘り、発展させることで多種多様な分析手法が発達してきました.現在では分析手法の数が増えすぎて辟易しますが、起こっている現象のイメージ自体は単純です(正確に数式で理解するのは大変ですが…).

まずはイメージを持ってみて、続いて目的の物質にどの手法が使えそうか、どんな結果が得られそうかを議論するのが最初のステップであるかと思います.

参考文献

本文中に記載