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インターカレーション:物質に新しい機能を加える反応

インターカレーション(Intercalation)

インターカレーションは、もともとはカレンダーに余分の日を加える(例:うるう年)ことを指していましたが、化学では別の意味を持ちます.化学においてインターカレーションは、物質の結晶構造に存在する「すき間」にイオンや分子を入れ込むような反応を意味します.

元の物質の結晶構造は変化しないこ とが重要で、これにより元の物質 (ホスト)の結晶学的特徴や材料特性を保ったまま、挿入されたイオンや分子(ゲスト)の効果によって新しい特性を加えることが可能です.場合によっては、元の物質には見られないような全く新しい機能が発現するかもしれません.

Intercalation

すき間を持つ物質にはいろいろなものがありますが、代表的なものは層状構造の物質です.黒鉛(グラファイト)や硫化モリブデン(\rm{MoS_2})などが有名です.他にも、一次元のトンネル状のチャンネルを持った物質、かご上のすき間を持った物質など幅広い物質がインターカレーションのホストとなりえます.

インターカレーションによって電荷やすき間の大きさ、磁性、分極率など様々なパラメータに変化が生じ、絶縁体が金属超伝導体になるようなことが起こります.

今回は、ホストとゲストの協奏によって起こる化学反応、インターカレーションについて見ていきます.

インターカレーション反応の特徴

意図していたかは別として、人類は古くからインターカレーション反応を利用してきました.層状構造を持つ粘土鉱物の層間に水分子が侵入し膨張する現象はインターカレーション反応の一種と言えるでしょう.意図的なインターカレーションの利用は1926年の報告が初出とされ、グラファイトにカリウムの蒸気が取り込まれたことが報告されました [1].以後、インターカレーションは化学者、材料科学者、あるいは物理学者にとってポピュラーな化学反応であり続けています.

元の構造を傷つけることのないソフトな反応であるインターカレーション反応には、以下のような様々なメリットがあります.

① 準安定な物質の合成方法

インターカレーション反応を用いることで、通常の固相反応などでは得られないような物質の合成が可能です.

固相反応は、高温において原子がバラバラになった状態で起こる反応なので、熱力学的に非常に安定な物質しか得ることができません.一方、ソフトな反応を用いれば、高温での安定性では少し不安でも、室温では安定に存在できるような新しい物質が合成できます.基本的に元の結晶構造を保つため、出来上がる物質がどのようなものであるか化学的な直感が働きやすい点も隠れた利点です.

② 可逆的かつ連続的なコントロール

インターカレーション反応は元の結晶構造を傷つけることなく反応が起こるので、化学的な制御がしやすいことが特徴です.すなわち、元の物質の特性を活かしつつ、そこに新しい機能を加えることができます.

取り込むゲストの量は、通常は連続的に変えられるため、目的に合わせて少しずつ物性値を制御することが可能です.また、脱離反応(デインターカレーション)により可逆的に挿入を行うことができるため、電池などサイクル特性が重要なデバイスでも活用されます.

③ 多様な応用分野

インターカレーション反応は非常に一般的かつ汎用性の高い反応であり、結晶構造中にすき間が空いている物質のほとんど全てに適用が可能です.それゆえ、分野の垣根を越えて様々な分野でインターカレーション反応が利用されています.電池が有名ですが、他にも環境除去、触媒、磁性材料、超伝導体、生体などでも知られています.

インターカレーション反応のホスト

インターカレーションが起こるには結晶構造中のすき間が欠かせません.幸いにしてそのようなすき間が見られる物質は非常に多く見つかっており、よってインターカレーション反応のホストとなりうる物質の種類も膨大です.以下では、その例を紹介します.

グラファイト

グラファイトは層状構造を持つ炭素の同素体で、ハニカム状のネットワークを形成した炭素原子からなる原子(グラフェン) が積み重なった構造を持ちます.単体の物質としては最もインターカレーション反応が適用された物質だと思われます.

グラファイトの特徴は、炭素が正の電荷も負の電問も受け入れる ことが可能なことです.すなわち、グラファイトの間には陽イオンだろうが陰イオンだろうが、もちろん中性分子であろうが挿入することができます.

アルカリ金属やアルカリ金属を挿入したものが有名で、カリウムの入った\rm{KC_8}やカルシウムの入った\rm{CaC_6}は超伝導を示します.特に後者はグラファイト系物質において転移温度が比較的高く、超高圧環境ではさらに上昇します (15.1K at 8 GPa). [2] リチウムの入ったグラファイトは超伝導を示しませんが、リチウムイオン電池の材料というもっと重要な役割があります.

遷移金属ダイカルコゲナイド

その名の通り、金属と2つのカルコゲン(16族元素)からなる層状物質で、層間はファンデルワールス力によって緩く束縛されています.遷移金属とカルコゲンの組み合わせにより組成に多くの選択肢があり、それゆえ物性も幅広く様々なものが知られています.同様に、層間に挿入可能な化学種にも多種多様なものがあります.

化学種は基本的に可逆的に挿入され、元の物質にはないような新しい物性を生み出します.リチウムを挿入した\rm{TiS_2}は電池反応におけるインターカレーション反応の先駆けで、リチウムイオン電池の発見のきっかけにもなりました.そのほか、\rm{TiS_2}に銅を挿入すると超伝導が生じ、\rm{TiS_2}にクロムを入れると磁性体となります.

TMD について詳しくは過去記事で解説しています.

層状複水酸化物(LDH)

マグネシウムやアルミニウムといった金属イオンと水酸化物イオンからなる層から構成された物質です.多くの層状物質とは異なり層が正に帯電しているた め、陰イオン種のインターカレーションが可能です.LDHについて詳しくは過去記事を参照してください.

まとめ

構造中に、分子やイオンが入ることのできるようなすき間が存在する物質は、その多くがインターカレーション反応のホストとして利用できます.すき間が理められると、挿入されたイオンの電荷によってホストを構成するイオンの数が変わったり、大きな分子が挿入されることでホストの格子が伸びたりします.見た目には大きな変化ではありませんが、こうした小さな違いによって物質は質的に大きく異なる性質を示す場合があります.

大きく性質が変わってしまった場合も、インターカレートする量を少しずつ調整することで、どういった要因でその変化が起こったのかを考察することができます.固相反応のように原子がバラバラになる反応ではメカニズムの理解が難しいですが、ソフトな反応であるインターカレーションでは手がかりを得るヒントがたくさん散りばめられています.単純な反応であるからこその利点と言えるでしょう.

参考文献

"Intercalation chemistry of graphite: alkali metal ions and beyond." Chemical Society Reviews 48.17 (2019): 4655-4687.

Intercalation chemistry. Elsevier, 2012.

"Layered intercalation compounds: Mechanisms, new methodologies, and advanced applications." Progress in Materials Science 109 (2020): 100631.

[1] Combination of potassium with carbon Z Anorg Allig Chem. 158 (1926), pp. 249-263

[2] "Synthesis and superconducting properties of CaC6." Science and technology of advanced materials (2009)

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).