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多形:名前は同じ、でも別の物質

多形(Polymorph)

ガスや水のように流動性を持つ物質は常に揺れ動いており、時間が経つにつれて形を変えます.一方、金属やセラミックスのような固体材料は、強い力をかけても物質内の原子の並び(結晶構造)は変わりません.

結晶構造は物質ごとに異なり、例えば塩化ナトリウム(\rm{NaCl}、岩塩)であれば塩化ナトリウム型構造と呼ばれる特有の配列を形成します.化学反応や融解を起こさない限り結晶構造は変化しないため、固体物質の特徴を表す一番の個性と言えます.

しかしながら、ある組成が与えられても結晶構造が一つに定まるとは限りません.同じ組成であっても結晶構造が異なるものが存在するのです.例えば、鉄は常温では体心立方構造ですが、温度を上げると面心立方構造へと変化します.

このように、同じ組成を持ちながら異なる結晶構造を示す物質を総称して多形と呼びます.ほとんどの多形は互いによく似た見た目ですが、中には似ても似つかないものも存在します.一方は簡単に合成できるのにもう一方は合成できなかったり、一方は工業的に有用なのにもう一方はどこにも姿を見かけなかったりします.

今回は、結晶構造を語る上では欠かせない概念である多形について見ていきます.多形を示す物質やその特徴、そして似た概念である同素体やポリタイプとの違いも解説します.

Polymorph

多形の意味

多形とはPolymorphの訳語であり、Poly(たくさん)とMorph(形)を合わせた言葉なので直訳と言えるでしょう.

辞書的には以下のように定義されています.

「化学組成が同じで、互いに結晶構造が異なる関係にあるもの.方解石と霰石、ダイヤモンドと石墨など、同質位像.」(デジタル大辞泉より引用)

結晶構造の話をしているので、固体に限った言葉であることが分かります.有機化学には鏡像異性体や立体異性体のような異性体がありますが、そのような分子状の物質には多形という言葉は使われません.ただし、分子が低温で固体になった際の結晶構造が異なるものが生成する場合は、それらは互いに多形と呼ばれます.

組成が同じで結晶構造が異なるものという定義なので、何が原因であれ結晶構造が変わればそれらは多形です.物質は温度によって結晶構造が変化する場合がありますが、それぞれの結晶構造が多形です.他にも、合成方法や圧力の違いに応じても結晶構造が変わりますが、同じくそれらも多形です.氷は温度や圧力に応じて20種類以上の多形を生成します.

2つの多形のあるものを二形(BimorphorDimorph)、3つの多形のあるものを三形(Trimorph)と呼ぶ場合があるそうなのですが、ほとんど見かけることはありません.

複数の多形の区別

結晶構造が異なるのに組成が同じなので呼び方に因ります.赤錆の構成要素である酸化鉄(\rm{Fe_2O_3})には4つの多形が存在しますが、これらをどう区別するのでしょう.

互いに異なる多形は、それぞれにギリシャ文字を付けて呼び分けます.\rm{Fe_2O_3}ではそれぞれ α相、β相、y相、ε相と呼ばれます.大抵は見つかった順にギリシャ文字が与えられます.

最初は多形だと思われていたけども後になって多形ではないことが判明した場合、その多形は取り除かれます.体心立方構造の鉄はα鉄、面心立方構造の鉄はγ鉄と呼ばれますが、βが飛ばされています.鉄の高温相にかつてはβ鉄と呼ばれていた相があったのですが、結晶構造は変わっていないことが後に分かり、今は欠番です.

多形と同素体の違い

多形と似た概念として、同素体があります.どちらも組成が同じにもかかわらず物質的に異なるものを指す用語です.違いがややこしいというかわざわざ二つの言葉を作って区別する意味もないようには思いますが、一般的には両者は異なる概念です.互いに混同される状状況が続いてきましたが、B.D.Sharmaは両者を以下のような定義を提案しました.

同素体:同じ元素の異なる形態であり、同じ元素の原子間の化学結合が異なるもの.異なる離散的な分子単位を持つことがある.

多形:同じまたは異なる結晶系に属する異なる結晶形態であり、同じ元素の同一の単位または同じ化合物の同一の単位、または同一のイオン式または同一の繰り返し単位が異なる方法で配置されているもの.

法律用語のようなややこしさですが、ここから同素体と多形の大きな違いが導かれます.

まず、同素体は単体に限ったものですが、多形は化合物であっても許されます.単体には同素体しかありませんが、化合物には同素体も多形もあります.

多形は固体に限った概念です.気体や液体の多形は存在しません.同素体は、同じ圧力かつ同じ温度で異なるもの全般を含むので、気体であろうが液体であろうが関係ありません.例えば、酸素とオゾンはどちらも同素体ですが、どちらも気体です.ただし、温度が変わって状態変化によって異なるものになった(水が蒸発して水蒸気になるような)場合は同素体ではありません.

もう一つ重要な違いがあります.同素体は、化学結合や化学的性質、見た目などに明確に大きな違いがある場合に使用されます.一方、多形は結晶構造こそ異なるものの化学結合や配位構造などには変化がほとんどありません.硫化亜鉛には閃亜鉛鉱型とウルツ鉱型の二種類の結晶構造がありますが、これらは対称性こそ違うものの化学結合や配位構造は変わっていないので多形です.

これにより、ダイヤモンドと黒船(グラファイト)は多形と呼んで良いのかという問題が生じます.これらは少なくとも同素体ではあります.しかし、結合様式を見ると前者では炭素が4つの炭素と結合しているのに対し、後者では3つとしか結合を作っておらず、性質も大きく異なります.辞書の定義では多形とされていましたが、化学的には多形ではないように思います.

いずれにしても、同素体と多形は定義が直感的でなく本質的でもありません.このような言葉が今も蔓延しているのは、歴史的な要因によるものです.分子も見つかっていない時代に考案された用語なので仕方ないところではありますが、現代の知識にあった用語に定義しなおしてほしいところではあります.

多形とポリタイプの違い

多形とよく似た用語にポリタイプがあります.多形のうち、層の積み重なるパターンに注目したものがポリタイプです.互いに同じ組成を持ちながら層の積み重ねパターンが異なるもののことをポリタイプと呼びます.

例えば、層状の物質を考えましょう.層がいくつも積み重なった結晶構造があるとき、層をまっすぐ積み重ねる場合と少しずらして積み重ねる場合などが考えられますが、これらは互いのポリタイプです.最密充填構造ではABAB積層やABCABC積層、ABACB積層など異なる積み重ね方がありますが、これらも互いのポリタイプです.

同素体と多形は互いに異なる概念ですが、ポリタイプは多形の特別な場合です.

代表的な多形

鉄は室温では体心立方構造であり、911℃以上の高温(ただし融点以下の温度)では面心立方構造となります.前者はα鉄、後者はγ鉄(オーステナイト)と呼ばれます.かつてはβ鉄と呼ばれる相も存在し、770~911℃の温度領域のものを指していました.鉄は強磁性体ですが、β鉄は常磁性体を示したため異なる相と考えられていましたが、実際は鉄と同じ結晶構造のままであることが分かったので多形からは除かれました.このように、性質が変わっても結晶構造が同じであれば多形ではありません.

ダイヤモンド

前述の通り、ダイヤモンドと黒給では化学的性質が違いすぎるので、多形とは呼びません.一方、ダイヤモンドの中には立方晶系のものと六方晶系のものがあり、これらは多形またはポリタイプと呼ばれます.化学的性質はよく似ており、両方ともあらゆる物質の中でもトップクラスの硬さを示します.

二酸化チタン(TiO2)

白色顔料や光触媒として有名な物質です.3種類の代表的な多形があり、それぞれ鉱物名からルチル、ブルッカイト、アナターゼと呼ばれます.見た目には大きな違いは判りませんが、光触媒特性には大きな差があるようです.

酸化鉄(Fe2O3)

赤舗として有名な物質で、電池材料や磁性材料として使用されます.α相、β相、γ相、ε相の4種類の多形が存在します.

まとめ

相成が同じであっても結晶構造が異なる多形は、数多くの物質に見られます.結合様式は変わらず、見た目にも微妙な差異であることが多く、実際、物性もそこまで変わらないものが多いです.しかし、定性的には変わらなくとも定量的には大きな差です.微妙なバンドギャップや磁性の違いによって機能材料としての性能は大きく異なり、分野によってそれぞれ使い分けられます.多形が多ければ多いほど材料の選択肢が多いですが作り分けるのも大変そうなので、バランスが大事でしょうか.

参考文献

"Allotropes and polymorphs." Journal of Chemical Education 64.5(1987):404.

"Logic,history、and the chemistry textbook:II. Can we unmuddle the chemistry textbook?." Journal of chemical education 75.7(1998):817.

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).