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水素エネルギーの未来は?

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水素社会の行方

クリーンなエネルギー源の急先鋒として注目されるのが水素です.無毒でありながらエネルギー密度の大きな水素への注目は大きいですが、果たして水素社会への変革はどこまで現実的なのでしょうか.

今回は、Chemical Society Review 誌に掲載された Viewpoint の内容を紹介し、水素社会の展望を見ていきます.[1]

水素エネルギー

Classification of Hydrogen Production Techniques [1] (CC-BY-NC)

何かを得るにはどこかから持ってくる必要があります.水素を得るにはどうすればよいでしょうか.

一つは、地球の地殻内から産出する天然の水素を採掘する方法です.これは野生生物が食料を「採集」する行為に例えられます.もう一つは、「農業」に例えられる方法で、何らかの反応を利用して水素を人工的に生産する手法です.反応自体は何でもよく、水素を作るために様々な成分やガス、栄養素を用います.

一部の反応は進行に長い時間が必要であり、「種をまいて放置する」ことが可能です.この方法では、特定の場所にガスや栄養素を入れ、徐々に水素を作り出します.しかし、もっと早く水素を収穫できるかもしれない方法もあります.これが「X」成分という新しいアイデアです.Xには微量のミネラルから、遺伝子を改良した微生物まで色々なものを含みます(後述).

私たちの先祖が採集から農業に移ったように、水素エネルギーの開発でも大きな変化が必要です.水素中心の未来に向け、地球化学や生物学、工学を組み合わせることで、持続可能で新しいエネルギーの未来を切り開く道が見えてくるでしょう.

地球の温度上昇を産業革命前の水準から2℃以内に抑えるには新しいエネルギー戦略が必要です.これまでの研究で、水素がスケーラブル・低炭素・安価な解決策として注目されています.

ただし、水素をエネルギーシステムに組み込むには困難な点があります.特に、水素を安く大量に生産することは難しいのが現状です.水素を作るには多くの電力が必要で、化石燃料から水素を作る際に二酸化炭素が排出されます.これらの問題を解決するためには、既存の水素生産方法を改善し、新しい技術を開発しなくてはなりません.

水素は様々な方法で生産され、それぞれ「色」で区別されます.現在、グレー水素とブラック水素が95%以上を占めていますが、これらは安価ながらも二酸化炭素を多く排出します.最近ではグリーン水素の生産が増えており、コストも下がってきています.この移行により、グレー水素の生産量が減り、二酸化炭素排出も減るかもしれません.つまり、グレー水素に加えてグリーン水素を生成することで、より持続可能な未来が実現できます.

水素の生産方式を多様化させることは重要ですが、信頼性のある低コストプロセスを慎重に計画する必要があります.水素生産の技術的進展を考えると、政策も重要です.例えば、ヨーロッパの炭素税は、化石燃料の排出にコストをかけることで、グリーン水素に経済的な競争力を与えます.

ただし、こうした戦略には注意も必要です.グリーン水素を使ったからと言って、エネルギー効率が必ずしも改善されるわけではありません.グリーン水素の生産には多くのエネルギーが必要であり、再生可能エネルギーに大きく依存しています.

代替策として、余剰の再生可能電力を活用するのはどうでしょう.すなわち、過剰生産や技術的な問題で無駄になる電力です.この場合、効率が悪くてもグリーン水素を生産する方が、電力を無駄にするよりも良いかもしれません.ただし、この状況が将来の数十年にわたって持続する可能性は低いと考えられます.

Hydrogen exploration (foraging)

最近の調査によると、世界中に天然水素を含むガスの産出場所が数百あるとされています.しかし、天然ガスの分析が不適切であるために水素を見つけられなかった場所も多いそうです.

水素濃度の高い場所では、オマーンで99%、マリで97%以上もあります.しかし、極端に高い数値は平均値を歪めます.多くの場合、濃度はせいぜい約10%程度です.また、天然水素を商業的に利用するには濃度よりも量が必要です.水素濃度が高い場所での湧出は一般的に流量が少なく、分散しているため、商業的に利用するのは難しい場合が多いようです.

例えば、ウクライナのクリヴィー・リフでは、水素の産出量が1日あたり120,000 m²と推定されていますが、1 m²あたりだと年間わずか10~120 m²であり、商業利用には向いていません.また、高濃度で大量の水素が得られる場所は非常に少なく、世界中で10%以上の濃度の水素を含む産出地は16か所しかありません.

さらに、水素の濃度が低いことも問題です.10~90%の非水素ガスを除去するのは商業的に難しいです.非水素ガスがメタンなどの炭化水素の場合、それをどう処理するかも課題です.廃棄するのか、燃焼して二酸化炭素を出すのかよく考えましょう.

Hydrogen engineering (farming)

天然水素の生産はかなり大規模に行われており、年間で約23 Tgと推定されていますが、正確な数値はまだ分かっていません.もし大量の埋蔵場所が見つかれば、数十年にわたってエネルギーを供給する貴重な資源になる可能性があります.

ただし、天然水素に期待するだけではなく、地下の地質構造を利用して人工的に水素を生産することも戦略の一つです.水素を生産するプロセスには、鉱物や流体、ガスが関わっています.これらのプロセスを利用して、地下で水素を生成する方法が考えられます.高圧・高温の条件での反応速度を研究することで、地下環境での反応を模擬できます.

また、地下の炭化水素貯留層を使って水素を生産することも考えられます.この方法では、生成される二酸化炭素を自然に閉じ込めらることができ、環境への影響を減らすことができます.具体的には、地下での炭化水素ガス化が挙げられますが、熱の管理が課題です.現在、この分野への研究は多くありません.

天然水素の生成は、産業的な生産と比べて遅いです.生成適度を上げなければ、原料を注入して数年待つ必要があります.これは、林業のように、植え付けから収穫までの時間がかかる点で似ています.石油産業でも、大規模な油田は投資コストを回収するまでに数年かかることがあります.

Microbial and catalytic improvements to production rates (X to hydrogen)

Subterranean Conversion Mechanisms of feedstock ‘X’ to Hydrogen  [1] (CC-BY-NC)

水素を生成する微生物は、表層から地下までさまざまな場所に存在しています.これを利用し、著者らが提案するアプローチは「Xから水素」という方法です.この方法では、地下に特定の成分を注入して水素生産を高めます.「X」は、反応を助けるミネラルや、水素生産に適した微生物などを含みます.

このアプローチの成功は、地下の地球化学や反応速度を理解することにかかっています.圧力や温度、地質の構成が「X」成分の選択に影響を与えます.「X」の性質や濃度を調整することで、水素の生産速度や量を最適化できる可能性があります.さらに、「Xから水素」の考え方では、地球化学と微生物工学の相互作用が重要です.「X」がさまざまな成分を含む中で、地球化学的条件をうまく操作することで、水素生産の効率を大幅に向上させることができます.

この方法はまだ初期段階ですが、自然の地球化学と人間が設計した解決策の融合を表しています.適切な微生物群の遺伝的な複雑さを理解するためには、メタゲノムやメタトランスクリプトームの研究が必要です.また、微生物が大気中の酸素に耐えられないように設計することで、リークのリスクを減らすことも可能です.微生物電気分解などの技術を使って水素生産を増やすことも重要です.

さらに、地球化学者、微生物学者、エンジニアが協力することで、地下条件を模倣したバイオリアクターの開発や、水素の貯蔵・供給方法の新しいアイデアが生まれる可能性があります.これらの活動は同時に進める必要があり、気候変動の解決に貢献することが求められています.

所見

水素は確かにクリーンなエネルギー源です.しかし、それは安価、安全かつ大量に確保・保存・運搬できた場合の話です.天然の産出量が少なく、合成に多量のエネルギーが必要な水素は、まだまだ炭化水素の代わりを担うほどには発展していないように見えます.それにもかかわらず、水素の知名度は圧倒的です.あらゆるエネルギー対策が水素ありきで走り出しているような気さえします.

今回紹介した文献も、最初は将来に向けた重要な知見を語っていたように思いましたが、最後まで読み通すと水素への期待感がオカルトじみた領域にまで達しているように感じました.本当に水素さえ確保できればエネルギー問題は安泰なのでしょうか.水素を確保するために、今までよりも多くのエネルギーを必要とするような本末転倒なことにならないことを祈ります.

参考文献

[1] "Hydrogen energy futures-foraging or farming?." Chemical Society Reviews (2024).