更新 2024-3-3
ラーベス相(ラーヴェス相、Laves相、Laves合金、Laves phase, Laves alloy)
有史以来、合金と言えば金属を溶融して混ぜ合わせたものであり、合金の中で原子がランダムに分布しているのか秩序化しているかは知る由もありませんでした(そもそも原子の概念がここ最近のものという話はさておき).そういった意味で、金属が明確に秩序化している金属間化合物の概念はせいぜい100年程度の歴史しかありません.
Laves相は、1930年代にドイツの鉱物学者Fritz Lavesによって報告された金属化合物に因む物質群で、の組成を持ちます.とは共に金属元素であり、一般に原子のほうが原子よりも大きな原子半径を持ちます.
Lavesは立方晶の構造型と六方晶のおよび構造型をとる様々な金属間化合物の結晶学的関連性に関する重要な知見を発表しました.1939年にはGustav E.R. Schulzeにより、これらの金属間化合物にラーベス相(Laves phase)の名が提案されています.
発見から100年近くが経ち、ラーベス相に属する物質は非常に多く発見され、1991年時点で1000種以上の物質が記録されています.それ以降も報告数は増え続け、周期表に属するほとんどの金属元素の組み合わせでラーベス相が形成されています.
ラーベス相は一般に金属に期待される延性や展性が弱く、それゆえ鋼鉄や超合金の分野では生成が忌避される存在でした.一方で、近年ではラーベス相を「あえて」析出させることで鋼を強化する手法が見つかっています.その他、水素吸蔵合金、磁性体、超伝導体としても注目が集まっています.
今回は、日本での知名度はそれほど高くないですが、物質科学の様々な分野に顔を出すラーベス相について見ていきます.
ラーベス相の結晶構造
ラーベス相一般式で表される二元系の金属間化合物です.ここで、とはともに金属元素です.立方晶と六方晶にまたがっていくつか関連構造が知られていますが、まずは最も基本的な立方晶のの結晶構造から始めます.
の結晶構造を以下に示します.なかなかどう表現すればよいか悩む構造ですが、実は単純な体心立方構造から導くことができます.
まず、体心立方構造を倍に拡張します.この原子の並びは、2つのダイヤモンド構造が入れ子になった構造と見ることが出来ます.このうち一方のダイヤモンド構造にを配置し、もう一方にはからなる四面体を配置することでラーベス相の構造となります.
この際、各四面体は孤立させるのではなく、隣り合う四面体が頂点を共有するようにします.このからなるネットワークはパイロクロア格子とも呼ばれます.
立方晶ラーベス構造は様々な結晶構造と関連しています.例えば、酸素からなる面心立方構造に立方晶ラーベス構造を入れ込むとスピネル構造()となります.
六方晶ラーベス相の結晶構造も同様に考えることができます.立方晶の際に用いたダイヤモンド構造の代わりに、2つの六方晶ダイヤモンド構造(あるいはウルツ鉱型構造に同種の原子を配置したもの)をと四面体で入れ子にすることで六方晶ラーベス構造となります.
ラーベス構造では、空間充填率が高く配位数が多くなるように原子が配置されています.ラーベス構造の配位多面体はFrank–Kasper多面体と呼ばれ、は12個、は16個の原子によって配位されます.適切な原子の組み合わせにより充填率は71%にまで達し、これは最密充填での値(74%)に匹敵します.
ラーベス相の機能
ラーベス相は組成の選択肢が非常に豊富で、それゆえ無数の物質および機能が知られています.以下では、ラーベス相の主な機能のうち、水素吸蔵能や磁気物性、電子物性について見ていきます.
水素吸蔵合金
金属間化合物の中には、多くの水素を結晶構造中に取り込むことが可能なものがあります.これら水素吸蔵合金は、水素貯蔵法であるとともにニッケル水素電池の負極材料としても使用されています.
水素吸蔵合金として重要なのは、をはじめとした化合物やbcc金属(主にと)ベースの合金が挙げられますが、ラーベス相もまた水素吸蔵合金の代表として知られます.ラーベス相は多量の水素を可逆的かつ安定に脱吸収することが可能で、高寿命かつ安価です.
しかし、生成する水素化物の安定性が高すぎて水素の放出特性が劣る点、およびニッケル水素電池に使用するにあたってアルカリ性電電解液中での電気化学特性が低いことが問題でした.組成や合金化の改善によってこれらの問題を克服する取り組みがなされています.
今日では、金属にか、金属に種々の3d遷移金属を組み合わせた複雑な組成のラーベス相が水素吸蔵合金として利用されています.
耐摩耗性材料
ラーベス相の中には高融点かつ非常に硬度の高いものがあり、腐食・摩耗を防ぐ用途で使用することが考えられます.Tribaloyは(または)、、、からなる耐摩耗合金の登録商標(Deloro Stellite Holdings Corporation)であり、腐食環境でのコーティング材料として使用されます.
Tribaloyは、の組成を持つラーベス相が固溶体のマトリックスに包含された合金であり、優れた高温での耐摩耗性と耐腐食性を示します.常温でのTribaloyの靭性は弱いですが高温で性能が向上し、最高で800~1000℃で使用可能です.
Tribaloyの他にも、ラーベス相をベースとした耐摩耗性、耐食性のコーティング材料が提案されています.
磁歪材料
希土類金属を含んだラーベス相は、室温で大きな磁気異方性と磁歪を示します.磁歪とは磁場をかけた時に物質が変形する現象ですが、特にやは従来材料を1桁上回る巨大な室温磁歪係数を示します.
固溶体は非常に大きな磁歪を示し、Terfenol-Dという名で商品化されています.磁気機械センサーやアクチュエーター、音響および超音波トランスデューサーとしての応用が考えられ、海軍のソナーシステムにおける磁歪式水中音響変換器として使用されています.
磁気冷凍
希土類元素からなるラーベス相()は、非常に大きな磁気熱量効果を示します.磁気熱量効果とは、磁場によって物質の温度が変わる現象で、磁場を利用した冷凍技術に使用されます.
やといったラーベス相は特に絶対零度に近い低温での磁気熱量効果が顕著で、水素やヘリウムの液化などの用途が考えられます.
超伝導
ラーベス相の中には低温で超伝導を示すものが散見され、早くも1958年ににおける超伝導が報告されていました.その後、超伝導を示す組成の数は増え続けていますが、多くの転移温度は5 K以下の極低温です.
その中で最も高い転移温度を示すのはであり、10 Kに達します.同物質は高い臨界磁場や臨海電流密度を持ち、中性子放射に対する耐性が高いため核融合炉用の超伝導材料としても期待されています.
まとめ
ラーベス相は単純な組成を持ち、取りうる元素の種類が膨大であることから、これまでに多彩な研究が積み重ねられてきました.ラーベス相の中には優れた水素吸蔵特性、耐摩耗性、磁歪、磁気熱量効果を示すものがあり、実際に製品化されている材料も散見されます.一方で、元素の組み合わせのあまりの多さから特性が最適化しきれていない部分もあり、それゆえ優れた要因の原因が完全には明かされていません.単純な組成からは考えもつかないほど複雑な側面を持つ、そんな物質群がラーベス相です.
参考文献
Journal of Materials Science, 2021, 56.9: 5321-5427.
Inorganic structural chemistry. John Wiley & Sons, 2007.
Physical Review Letters, 1958, 1.3: 92.
Applied Physics Letters, 1971, 18.6: 235-237.
結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).