更新 2024-2-23
磁性体(Magnetic materials)
全ての物質は原子から構成されており電子を含みます.電子はそれ自体が磁気モーメントを持ち、小さな磁石として振る舞います.
そして、そのような磁気モーメントが数え切れないほど大量に存在するのが、我々の目にする物質です.電子の磁気モーメントは磁場や別の電子と相互作用し、多様な磁気特性を持つ磁性体が現れます.
強磁性体と様々な磁性体
磁性体の代表といえば永久磁石です.冷蔵庫に張り付いているマグネットも、モーターに使われるネオジム磁石も全て永久磁石です.
磁石の歴史は鉱物マグネタイト(磁鉄鉱、)の発見にまで遡ります.いつ人類が磁石を使用し始めたか定かではありませんが、少なくとも2500年前には磁鉄鉱が鉄を引き寄せることが知られていました.11世紀頃に中国で発明された羅針盤は世界に広まり、大航海時代幕開けの遠因となります.
その後、本格的に磁性が研究されるようになるにはイギリス人William Gilbert(ギルバート)の登場を待たなくてはなりません.ギルバートは1600年に「On the Magnet」(磁石について)を出版しました.
ギルバートは様々な実験を行い、地磁気の存在を明らかにしています.1820年にはOerstedが電流による磁場の形成を発見し、1825年には世界初の電磁石が発明されました.現在の磁性の研究分野は多岐に渡り「永久磁石」「磁気記録」「スピントロニクス」「磁気センサ」など様々な分野の研究が進展しています.
磁性の分野が複雑化するにつれて、主役となる磁性体の種類も膨大になりました.磁性体は、磁場への応答の違いによっていくつかの種類に分類され、用途に合った磁性体がそれぞれの研究分野に使用されます.
「強磁性」「反強磁性」「常磁性」「反磁性」…
磁性体を表すワードは数多くあり、覚えるのも大変です.なんだか直感的でないというか、名前を聞いてもイマイチピンとこないものも多いです.
今回は、様々な種類の磁性体について、それぞれの違いを見ていきます.各内容についてはまた個別の記事で詳しく解説する予定です.
常磁性と反磁性
常磁性(Paramagnetism)
接頭辞のpara-は「近くに」を意味します.その名の通り常磁性体は磁場に引きつけられますが、その程度は非常に弱いです.
日常生活で利用できるような磁場で常磁性体を引き寄せることはできません.磁化は磁場の大きさに比例しますが弱く、検出には高精度な測定装置が必要になります.
常磁性の起源は原子の持つ磁気モーメントです.ゼロ磁場では常磁性体の磁気モーメントはバラバラの方向を向いています.それぞれの磁気モーメントを一斉に同じ方向に向かせるような相互作用がなく、基本的にモーメントは外部磁場にされるがままに磁場と同じ方向を向きます.
しかし、有限温度ではモーメントをランダムな方向を向かせるような擾乱の効果が大きく、磁場への応答が小さくなります.実際、常磁性体の磁化率は温度に反比例し、温度が上がると磁化率は下がります.
また、磁場を取り除くともとの乱雑な状態に戻り、磁化はゼロになります.「常磁性」という和訳からは常に磁化を持ってそうな印象を受けますので、この点は注意が必要です.
常磁性を示す物質は、磁気モーメントを持ち、かつモーメント同士が相互作用しないような物質です.電子が電子対になってしまうとモーメントを打ち消してしまうため、常磁性を示しません.
酸素分子は常磁性を示します.リチウムやナトリウムの原子のほか、遷移金属を含んだ錯体材料も多くが常磁性体です.
金属でも同じような振る舞いをする物質がありますが、これらはパウリ常磁性体と呼ばれ区別されます.また、一部の希土類イオンを含む物質ではヴァンヴレックの常磁性と呼ばれる異なる起源に基づく常磁性が現れます.
反磁性(Diamagnetism)
接頭辞のdia-が意味する「〜を横切って」の通り、磁場に対して直角方向を向こうとする磁性体が反磁性体です.正確には、反磁性体に磁場をかけると反対方向の誘導磁界が発生し、磁場への反発力が生じます.そのため、磁化率は負の値を示します.
全ての物質は反磁性的な性質を内包していますが、常磁性体や強磁性体では磁場に引き付けられる力のほうが大きく、反磁性の効果が見えません.反磁性を示す物質もその効果は非常に小さく、日常的に利用できるような磁場で反磁性を検出することは困難です.
古典的な見方では、反磁性はレンツの法則に従って電子が外部磁場を打ち消すよう運動することによって生じるとされます.ちょうどコイルに磁場を与えたときに反対向きに磁場が発生するのと同じ原理です.
この理論はランジュバンによって定式化されましたが、後にボーアらによって、古典的な電磁気学の描像では反磁性が現れないことが示されました.一方で、ランジュバンの反磁性の式でも量子力学に基づく理論と同様の結果を与えています.
反磁性は電子を持つ全ての物質で現れますが、他の磁性に覆い隠されて見えないことがほとんどです.不対電子を持つ物質は常磁性の貢献が大きいですが、共有電子対のみからなる物質では反磁性が露わになります.
一般に非磁性と言われる水分子や植物、多くの有機物は反磁性を示しますがその応答はごく小さいです.とはいえ、磁場を大きくすればモーセの海割りのようなことを起こすことも可能です.ビスマスや熱分解炭素材料は特に大きな応答を示す反磁性体です.また、超伝導体は磁場を全て跳ね返す巨大な反磁性応答を示します.
強磁性と反強磁性と仲間たち
強磁性(Ferromagnetism)
Ferro-は「鉄」を意味しており、その名の通り鉄が示すような性質を示す物質が強磁性体です.
磁場に強く引き付けられ、応答は常磁性体の数万倍以上にも及びます.磁性体の代表であり、最も実用化されている磁性体でもあります.電磁石、モーター、発電機、磁気記録など、その応用例は枚挙に暇がありません.
強磁性が発現する起源は常磁性体と同じく、原子の持つ磁気モーメントが磁場の方向に整列することです.強磁性体では、磁気モーメント同士を同じ方向に揃えようとする相互作用が働いており、常磁性体とは桁違いの磁化の大きさを示します.
この相互作用は磁場を取り去っても残り、常磁性体とは異なり、外部磁場を取り去っても磁化が残ります.この特徴を生かした例が永久磁石です.また、磁場を取り去ったあとに残る磁化(残留磁化)が小さい材料は軟磁性体として知られ、トランスやインバータに用いられます.
十分な高温では強磁性が消えて常磁性を示し、常磁性に切り替わる転移温度をキュリー温度と呼びます.
ありふれた鉄が強磁性を示すため忘れがちですが、強磁性を示す物質は限られています.常温において強磁性を示す元素は鉄、ニッケル、コバルトの三種類だけです.
磁石の主原料としては、特に価格の安い鉄が用いられます.鉄の単体は磁化こそ大きいものの残留磁化が小さく錆びやすいため、鉄の合金材料の開発が進められてきました.
軟磁性体の代表例である電磁鋼板や永久磁石の代表例であるネオジム磁石も主原料は鉄です.マンガンは単体では強磁性体ではありませんが、合金化すると強磁性を示す例が多く知られています.
反強磁性(Antiferromagnetism)
Anti-は「反対」の意味です.すなわち、強磁性(Ferromagnetism)の反対の振る舞いをするのが反強磁性体です.
反対といっても、磁場に反発するわけではありません.反強磁性体では隣り合う原子の磁気モーメントが反対方向を向いているという特徴があります.そのため正味の磁化はゼロであり、磁場に対する応答は弱いです.
反強磁性体では、隣り合う磁気モーメントを逆方向に向けようとする相互作用が働いています.結果としてゼロ磁場では磁化を示しません.温度を上げると相互作用が熱によって失われ、高温では常磁性体のように振る舞います.この転移温度はネール温度と呼ばれます
磁化を持たないことから応用例は少ないですが、磁場への応答速度が速いことを利用した磁気記録材料や磁気センサへの応用が進められています.
反強磁性体は数多くありますが、物質の磁場への応答を見るだけでは反強磁性体であるか分からないので、その発見は遅れました.1950年代に入って中性子回折測定法が発達するようになって初めて反強磁性体の存在が明かされました.
やなど、磁性金属を含む酸化物はよく反強磁性を示します.その他、のような硫化物、のような塩化物にも反強磁性が見られます.
フェリ磁性(Ferrimagnetism)
Ferri-はフェライト(Ferrite)に由来し、その名の通りフェライト(酸化鉄)がこの磁性を示すことからフェリ磁性と名付けられました.
フェリ磁性体は磁場に強く応答し、磁場を取り去っても磁化が残ることから、一見すると強磁性体と変わりありません.磁石として応用されているのも強磁性体と同じです.しかし、フェリ磁性体では反強磁性体と同じく、隣り合う原子の磁気モーメントが反対方向を向いていることが知られています.この隣り合う原子の磁気モーメントが互いに異なる値を持っているので正味の磁化が残り、強磁性的な磁気応答を示します.
温度を上げると常磁性になるのも強磁性および反強磁性と同様で、この転移温度をキュリー温度と呼ぶこともあればネール温度と呼ぶこともあります.
フェリ磁性体の歴史はマグネタイトの発見まで遡りますが、その本質が知られるようになったのは反強磁性体と同じく中性子回折測定法が発展してからです.
鉄を含む多くの酸化物がフェリ磁性体であることが知られています.フェライト磁石が特に有名で、冷蔵庫に貼り付いているマグネットの大半はフェライト磁石です.フェライト磁石の磁力はそれほど強くないものの、安価に製造できることから人気が高いです.
スピングラス(Spin Glass)
最後に紹介する磁性体は少しトリッキーで、磁場への応答は弱いですし、磁気モーメントもどの方向を向いているのか分かりません.常磁性体なのかと言われると違い、モーメントは揺らいでおらず固定されています.しかし、強磁性や反強磁性とは異なり、それぞれのモーメントはてんでバラバラの方向を向いています.
このように、電子の磁気モーメント(スピン)が全く無秩序に並んだ状態で凍結してしまった状態がスピングラスです.原子配列が不規則な状態で固まったガラス(グラス)とのアナロジーからスピングラスと呼ばれます.
スピングラスはありふれた物質では見られず、一部の特殊な物質で現れます.特に非磁性の金属に磁性金属を少量だけ混ぜた系で現れることが知られています.その他、磁気フラストレーションを持つ系でも見られます.
スピングラスの理論は難解で、現在でも未解決の課題が残されています.2021年には、スピングラスに対して独自の解析手法とその結果を与えたことを大きな理由の一つとして、Giorgio Parisi 氏がノーベル物理学賞を受賞しました.
まとめ
磁性体は地球上のあらゆる場所に存在しますが、日常生活で意識するのは強磁性体ぐらいのものです.とはいえ他の磁性体にも応用先は色々とあり、我々の暮らしには欠かせません.磁性体はここに述べた以外にも様々なものが知られていますが、詳細は個別の項目で触れることにしましょう.