更新 2024-2-27
ネオジム磁石(Neodymium magnet)
磁気も電気も現代文明になくてはならない存在です.電気は発電所から供給されますが、持ち運ぶこともできます.電気を「携帯できる」電池はボルタ電池から着実に発展し、現在では自動車の電源を賄うパワーを持つところまで来ています.
電池と原理は全く異なりますが、磁気を携帯できる点で永久磁石は電池に似ています.永久磁石を使えば磁気の持ち運びが可能であり、外部からのエネルギー供給無しでも動作し続けることができます.
電池の寿命は短いですが、永久磁石はその名の通り非常に長い寿命を持ちます.それゆえ、外部給電のないハードディスクや自動車の内部でも動作し続けることが可能です.
そして、現在の磁石の頂点に座しているのがネオジム磁石です.
ネオジム磁石のは他の磁石の追随を許しません.その分高価ではありますが、然るべき性能が必要な分野では現状選択肢がネオジム磁石しかありません.現在の磁石の市場は、安く低性能なフェライト磁石と高価で高性能なネオジム磁石に二分されています.
今回は、最強の磁石であるネオジム磁石の歴史と物性、問題点を見ていきます.
ネオジム磁石の発見
優れた磁石に求められる特性は、飽和磁化が大きいことと、保磁力が十分に大きいことです.その上で曲線が角型に近ければ、最大エネルギー積が最大化されます.また、全ての磁石(強磁性体)は転移温度以上で磁化を失ってしまうので、転移温度(キュリー温度)が十分に高いことも求められます.
KS鋼に始まる人工磁石の発明以降、磁気特性は着々と向上していました.当初は遷移金属の合金が中心でしたが、希土類元素が安定供給されるようになってからは、希土類元素を含んだ希土類磁石の開発が進みました.
1960年代に登場したサマコバ磁石(、)は希土類磁石の典型であり、磁石の性能を一気に引き上げました.サマコバ磁石は転移温度が高いので高温特性に優れますが、飽和磁化が小さい点はデメリットです.また、原料のが資源的に偏在しており、非常に高価である点もマイナスでした.
このような状況のもと、資源的な問題がなく安価で、かつ磁化の大きい鉄を用いた磁石が望まれていました.をに置き換えれば済みそうな話ですが、それではうまくいきません.という物質は安定でなく、は転移温度が非常に低かったのです.
なぜ鉄をメインとした希土類磁石が生まれなかったのでしょうか.
当時、系の磁石では間の結合距離が短すぎるため、転移温度が低いとされていました.1980年代、旧住友特殊金属の佐川氏は、の希土類磁石に軽元素を入れることでの格子を膨張させようと画策し、全く新しい結晶構造を持つ系磁石を発見しました.同時期に、General Motorsもからなる強力な磁石を発表しています.
この磁石の主成分がです.
ネオジム磁石は瞬く間に市場を制し、ハードディスクドライブやエアコンのコンプレッサ、自動車などで使用されました.現在では価格も落ち着いており、100円ショップで購入することも可能です.原料の希土類が中国に偏在していることもあり、ネオジム磁石の生産では中国が圧倒的なシェアを誇っています.
「奇跡の材料」とも謳われるネオジム磁石ですが、欠点がないわけではありません.高温での特性が劣り、それを補うために添加されるは希少・高価な元素です.ネオジム磁石に代わる新材料の研究も活発に行われています.
ネオジム磁石の特性
ネオジム磁石の主成分のは、磁束密度、結晶磁気異方性を誇る史上最強の磁石でした.
その結晶構造を以下に示します.見ての通り、非常に複雑な構造を持ちます.
は正方晶の化合物であり、単位胞に68の原子を含む複雑な構造を持ちます.c軸方向にと濃度の高い層が並び、その間にが3層分配置されています.
のf電子とのd電子が相互作用し、c軸方向に強く伸びた軌道を形成することで、はc軸方向に強い結晶磁気異方性を示します.
すなわち、の磁化はc軸方向に向きたがり、他の方向を向くためには大きなエネルギーが必要になります.
しかし、強い磁気異方性を持つことは高い保磁力を示すための必要条件でしかありません.例えば、単結晶のの保磁力はゼロに近く、高い保磁力を示すためには材料の組織に注意を向けなくてはなりません.
ネオジム磁石の組織はの微粒子から構成されますが、その粒界にNdに富んだ相が存在します.この相は主相よりも融点が低いため高温で液体となり、焼結時に充填率を上げる働きをします.それだけではなく、この粒界相がネオジム磁石が高い保磁力を示す上で重要な役割を担っていると考えられています.
にはを他の希土類元素に置換した物質も知られていますが、系が最も高いを示します.
のキュリー温度は312℃であり、常温で使用する分には問題ないですが高温特性は心許ありません.特に、温度上昇とともに保磁力が著しく減少します.このため、の一部にを置換することによって高温での保磁力の減少を抑えて使用されます.
ただし、は重希土類元素と呼ばれ、以上に希少かつ生産地の限られた元素です.現在の希土類元素の生産量は中国が6割を握っており、将来の安定確保に不安が残ります.そのため、を使わずに高い保磁力を示すようなネオジム磁石の開発が世界各国で行われています.
まとめ
ネオジム磁石の発見から40年ほど経ちました.現在でも最強の磁石はネオジム磁石と言われ、強力磁石の代名詞の名をほしいままにしています.その間、材料開発は相変わらず活発になされていたのですが、なかなか取って代わる材料が見つかっていないのが現状です.
「ネオジム磁石は奇跡の材料だ」と聞いたことがあります.そのぐらい、理想的な性能を備えた材料なのです.しかし、ネオジム磁石が究極の磁石であれば問題はないのですが、資源問題や高温特性に不安を抱えており、まだまだ改良の余地があります.既存材料の改良だけでは性能に限界が近く、全く新しい材料が求められています.
そもそもそんな物質は存在しないのか、はたまた人類から巧妙に隠れているのでしょうか.
参考文献
RADIOISOTOPES 2010 年 59 巻 8 号 p. 491-500
化学と教育 2011 年 59 巻 12 号 p. 618-619
化学と教育 2019 年 67 巻 5 号 p. 206-209
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