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サマコバ磁石:かつての最強磁石

更新 2024-2-27

サマコバ磁石(サマリウムコバルト磁石、Samarium-cobalt magnet)

磁石は非常に身近な存在ですが、人工的な磁石が開発されるようになったのはここ100年程度の話です.それまでは天然に産出する磁鉄鉱や精錬して得られる鉄が磁石の代表でしたが、磁力は弱く、方位磁針程度にしか利用されませんでした.

電池の登場、続く電磁石の登場により、「強力な磁場」が世界にもたらされました.ついで、強力な磁石の開発が始まったのは必然だったのかもしれません.

1950年代に入ると希土類元素の分離精製技術が発達し、希土類元素を構成元素とした新しい磁石が開発されます.希土類元素とは、周期表でランタノイドに区分される \rm{La-Lu}までの元素および \rm{Y}を含みます.互いに化学的性質が似ていることから、それまでは互いに分離することが困難でした.

希土類磁石は、希土類元素と遷移金属元素の合金(あるいは金属間化合物)磁石と定義され、しばらく新材料の途切れていた磁石業界復権の鍵となりました.今回の主題であるサマコバ磁石は、最初に発見された実用的な希土類磁石です.

サマコバ焼結磁石は1980年代まで最高級の永久磁石として量産・実用化されました.しかし、1980年代半ばにネオジム磁石が台頭し、主流の磁石の立場を譲りました.性能・価格面でネオジム磁石に及ばずサマコバ磁石は失墜しましたが、サマコバ磁石のほうが優れる面もあり、未だに生産され続けています.

今回は、最初の希土類磁石にして代表的な永久磁石であるサマコバ磁石について見ていきます.

サマコバ磁石への歩み

お察しのとおり、サマコバ磁石の「サマ」は希土類元素サマリウム( \rm{Sm})、「コバ」は希土類元素コバルト( \rm{Co})を指します.代表的な組成は \rm{SmCo_5}であり、 \rm{CaCu_5}型の結晶構造を持ちます.

永久磁石に必要なパラメータは多岐にわたります.まず、飽和磁化(飽和磁束密度)および磁気異方性定数が大きいことが必要です.大きな磁気異方性定数は大きな保磁力に繋がります.こうした磁気特性は、ヒステリシスループから得られる最大エネルギー積 (BH)_{max}を用いて評価されます.また、高い磁気転移温度(キュリー温度)も必須のパラメータです.

 \rm{SmCo_5}系磁石は、飽和磁束密度 0.95 T、キュリー温度 724 ℃を示します.異方性定数から期待される保磁力は 250 kOeですが、実際の磁石では 50 kOe程度です.

1960年、Hubbardらは、 \rm{GdCo_5}が一軸異方性を持ち、粉末で 8 kOe (0.64 MA/m)の保磁力を持つことを報告しました. \rm{RCo_5}系化合物が永久磁石として有望であることを示唆する結果でしたが、飽和磁束密度が低いため注目されませんでした.

その後、Wright-Patterson空軍基地のKarl StrnatやDayton大学のAlden Rayにより、再び \rm{RCo_5}の研究が巻き起こり、 \rm{RCo_5}の中で最も高い性能を示す \rm{SmCo_5}への研究が集中しました.焼結法により高密度の \rm{SmCo_5}磁石が完成し、希土類磁石の先駆けとなりました.

続いて、結晶構造の異なる \rm{Sm_2Co_{17}}系磁石の開発も行われました. \rm{Sm_2Co_{17}} \rm{Th_2Zn_{17}}型構造を持ち、 \rm{SmCo_5}よりも大きな飽和磁化(1.2 T)と高いキュリー温度(920 ℃)を示します.

しかし、保磁力が低かったことから当初 \rm{Sm_2Co_{17}}系磁石の開発は難航しました.日本の俵らやベル権のNesbittらにより \rm{(Sm,Ce)_2(Co,Fe,Cu)_{17}}のような複雑な合金組成が開拓され、大きな保磁力および高い (BH)_{max}を実現しました.

実際の磁石は \rm{SmCo_5} \rm{Sm_2Co_{17}}のような確定的な組成を持つわけではなく、種々の相が組み合わさった複雑な組織を持ちます.

 \rm{Cr} \rm{Mn} \rm{Ti} \rm{Hf}などの添加により磁気特性が向上することが知られていますが、それぞれの元素が果たす役割は明確になっていません.

サマコバ磁石の結晶構造と性能

 \rm{SmCo_5} \rm{Sm_2Co_{17}}のいずれも六方晶系に属する構造であり、c軸方向に \rm{Sm} \rm{Co}からなる層と \rm{Co}のみからなる層が積層した構造を持ちます.

 \rm{SmCo_5} \rm{Sm_2Co_{17}}の構造は相互に関係しており、以下の式のように表されます.

   \rm{3SmCo_5 + 2Co - Sm = Sm_2Co_{17}}

すなわち、 \rm{SmCo_5}を3層分積み、 \rm{Sm}を1つ抜いて2つの \rm{Co}で置換することで、 \rm{Sm_2Co_{17}}の構造になります. \rm{Sm} \rm{Co}の両者が磁性に関与し、磁気モーメントはc軸方向に強い異方性を示します.

サマコバ磁石は、高いキュリー温度により高温でも安定した性能を示します.高温特性はネオジム磁石よりも優れており、然るべき用途では今でもサマコバ磁石が優先して使用されます.

また、耐食性・耐酸化性に優れ、コーティングなしでも使用が可能です.この点も、不安定でメッキが必須のネオジム磁石よりも優れている点です.

しかし、サマリウムもコバルトも希少かつ高価な元素であり、ゆえにサマコバ磁石は価格面で他の磁石に対抗できません.また、 (BH)_{max}をはじめとした磁気特性は磁石全般ではトップクラスですが、ネオジム磁石と比べると低い値です.

まとめ

1970年代当時のサマコバ磁石は、他の磁石を圧倒する性能を持つ夢の永久磁石でした.後発のネオジム磁石に性能面・価格面で負けてしまっていることから主流ではなくなりましたが、耐熱性・耐食性を生かし他分野では今でも現役です.

ネオジム磁石の台頭以来、性能面での研究がストップしてしまったので、性能面では上がり目があるのかもしれませんが価格面は対抗の仕様がありません.

コバルトは希少であるばかりか地球上で偏在しており、コンゴ民主共和国が生産の半数を占めます.コバルトはリチウムイオン電池の正極材料に使われることから、磁石以外の分野でも大きな需要があります.大きな鉱山が見つかればあるいはと言った感じですが果たして.

参考文献

電気製鋼 1980 年 51 巻 2 号 p. 104-115

日本金属学会誌 2012 年 76 巻 1 号 p. 96-106

Journal of magnetism and magnetic materials, 1991, 100.1-3: 38-56.

Introductiontomagneticmaterials.JohnWiley&Sons,2011.

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).