チタン酸バリウム(
, Barium titanate)
チタン酸バリウム(, Barium titanate)は代表的な誘電材料(電気を蓄える材料)であり、その優れた誘電性、強誘電性、圧電性により、セラミックコンデンサやサーミスタ、圧電素子など様々な用途に使用されています.
特に、セラミックコンデンサの材料としては数十年以上もライバルが存在せず、王者として君臨しています.は最も有名な強誘電体の一つであり、セラミックス研究者にとって強誘電体の教科書的存在です.
は第二次世界大戦の最中に、アメリカ、ソ連、日本で独立に発見されました.それ以前に知られていた強誘電体はたったの二種類しかありません.
当時知られていたロッシェル塩(RS)と(KDP)という二種類の強誘電体は聴音機や非線形光学材料に使用されていましたが、いずれも水溶性かつ高温で分解してしまいます.
ここに加わった第三の強誘電体は不溶性、化学的に安定、希少・毒性元素を含まない、かつ極めて高い比誘電率(1000程度)を示しました.当時、高誘電材料とはいってもせいぜい100程度の誘電率であったため、
はまさに夢のような材料でした.
は、高い圧電性を利用して魚群探知機へと応用され、その後テレビの普及に伴って誘電体としての応用が盛んになります.積層セラミックコンデンサ(MLCC)の開発以降は携帯電話に必須の材料として現代に至ります.日本の某セラミックス大企業の発展の立役者としても有名です.
今回は、そんなの結晶構造、物性の起源、そして応用と現在の研究の進展について見ていきます.
チタン酸バリウム(
)の結晶構造と誘電性
はいわゆるペロブスカイト型の結晶構造を持ちます.ペロブスカイト構造は
の組成を持つ立方晶であり、固体化学における代表的な結晶構造として知られています.
は酸素に八面体形に配位されており、この八面体が頂点を共有することで結晶ネットワークが形成されます.
120℃以上の高温ではは理想的な立方晶ペロブスカイト型です.ところが室温付近では構造が少し歪み、
が八面体の中心から外れた位置にあります.
この室温相では正の電荷を持つイオンが重心からずれることで、結晶全体の電荷が一方向に偏ることになります.これを分極と呼びます.通常の誘電体は電場を変えることではじめて分極が生じますが、
は電場なしでも分極を持ちます(自発分極).この変位の影響により、単位胞は正方晶となります.
ここで、強誘電体の定義を思い出しましょう.(1)自発分極を持ち、(2)分極と逆方向に電場をかけると分極の方向が反転する材料が強誘電体です.強誘電体に電場をかけた時、この分極反転の影響により分極・電場曲線にヒステリシスを含むループが現れます.
における
イオンの変位は、変位の向きと逆方向に電場をかけることで反転することが可能なので、
は強誘電体です.
さらに温度を下げ、5℃以下になると結晶は直方晶に、–90℃以下では三方晶へと転移します.これらの相ではいずれもイオンの変位の方向が異なっています.
120℃以上の立方晶では強誘電性が無くなるので、この温度点をキュリー点と呼びます.キュリー点以上の温度ではイオンは八面体の中心の平衡位置にあるので自発分極を示しません.このキュリー点の近傍での比誘電率は極めて高い値(20000程度)を示します.
の誘電率は広い温度範囲・周波数範囲で安定して高い値を示します.粒子径によって誘電率が変化する現象が知られていますが、この起源は完全には解明されていません.
チタン酸バリウム(
)の製造と利用
製造
従来、チタン酸バリウムは、または
と
をボールミリングする固相反応で合成されていました.
この混合物は1000℃以上の高温で焼成されます.しかし、この方法で得られるは粒径が大きく不均一で、不純物が多く含まれます.
近年では、高純度で均一なを低温で生成するルートが開発されています.例えば、ゾルゲル法、水熱合成、共沈法、高分子前駆体法などの湿式合成法が挙げられます.
利用
の利用先として最も有力なのは積層セラミックコンデンサ(MLCC)です.
コンデンサは、空間を隔てて平行に配置された一対の金属板から成り、金属板に電圧をかけると電圧に比例して電荷が貯蔵されます.金属板と金属板の間に絶縁体があると、コンデンサの容量は比誘電率の分だけ増加します.
誘電率の高いはコンデンサに適任であり、1950年代前半から多結晶
セラミックスを用いた積層コンデンサが製造されています.
MLCCでは金属板と誘電体層(BaTiO3層)を交互に複数積層させており、近年では誘電体層の厚みは1 μm以下にまで達しています.MLCCでは小型、高容量、安価な製品が市場にあり、1 μm以下の誘電層を数千層積層したコンデンサが1円以下の価格で販売されています.
は絶縁体(バンドギャップ 3.2 eV)ですが、別の陽イオンをドーピングすることにより半導体となります.
はキュリー点近傍で急激に抵抗値が変化するため、この特性を生かしてサーミスタとして利用されます.
のサーミスタは非常に温度に鋭敏なため、スイッチング素子や恒温ヒーターとして様々な電子回路に用いられます.
チタン酸バリウム(
)の関連物質
の特性は元素置換によって制御が可能です.
サイトに
や
や希土類元素、
サイトに
や
などを一部置換することが可能で、誘電率やキュリー点を目的に応じて調整します.
同じくペロブスカイト構造を持つ、
、
なども優れた誘電材料として利用されています.
また、の酸素サイトにも元素置換が可能なことが見出されました.
を水素化物とともに加熱することで、酸素サイトの最高20%に水素が置換されます.[a]
この水素は水素アニオン(ヒドリド)として振る舞います.水素アニオンを導入したは強誘電性を示しませんが、電気伝導性、イオン伝導性、触媒能を示します.
ペロブスカイト構造を持つは1500℃程度まで安定であり、それ以上の温度では六方晶の結晶構造が安定となります.この構造はペロブスカイト構造と関連しており、六方ペロブスカイト関連構造と呼ばれます.
六方晶の(
)も75 K以下の低温で強誘電性を示します.また、六方晶の
にも酸素サイトに水素アニオンを導入することが可能です.[b]
また、系のセラミックスでは、
も強誘電性を示すことが報告されています.
は430℃という比較的高いキュリー点を持ちます.
まとめ
チタン酸バリウム()は、3番目に発見された強誘電体であり、最初に発見されたセラミック強誘電体です.室温で高い誘電率を示すだけでなく、不溶性、安定かつ希少・毒性元素を含みません.
の強誘電特性は結晶構造とよく関連しており、強誘電体の教科書的存在となっています.誘電率の値は合成経路、温度、周波数、ドーパントに依存し最終用途に応じて使い分けられます.
は、その高い誘電率と低い誘電損失によりキャパシタ、積層セラミックコンデンサ(MLCC)、サーミスタ、圧電デバイスに広く利用されています.
の誘電体としての技術は成熟した感がありますが、ライバル材料が発見されるまでは現代文明に欠かせない状況がまだまだ続くことでしょう.
参考文献
応用物理 2006 年 75 巻 10 号 P1202
化学と教育 2011 年 59 巻 1 号 P34
Science of Sintering, 2008, 40.2: 155-165.
Science of Sintering, 2008, 40.3: 235-244.
Materials Research Institute, The Pennsylvania State University, University Park, Pa, USA, 2004, 1.
Annu. Rev. Mater. Res. 2018, 48, 303-326.
[a] Nature materials, 2012, 11.6: 507-511.
[b] Journal of the American Chemical Society, 2022, 144.14: 6453-6464.
結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).