ヒ化ニッケル型構造(NiAs型構造、NiAs-type structure)
ヒ化ニッケル()型構造は、の組成で表される二元系物質の多くで見られる結晶構造です.あまり馴染みのない人も多いと思いますが、有名な塩化ナトリウム型構造との関連が深い重要な構造です.
型構造の単位胞にはとがそれぞれ2つずつ含まれています.
は6つのに配位され、もまた6つのに配位されていますが、それぞれ配位構造は異なります.の配位構造は八面体型で、の配位構造は三角柱型となっています.
いつものように、2種類の方法で結晶構造を記述していきます.
最密充填を基準とする方法
型構造において、は六方最密充填構造(HCP)をとっています.この八面体間隙全てにを配置することにより、型構造が出来上がります.陰イオンの立方最密充填構造の八面体間隙に陽イオンを詰め込んだ塩化ナトリウム型構造とは対になる存在と言えます.なお、は単純六方格子の配置をしています.
多面体を基準にする方法
ヒ化ニッケル型構造を持つ物質の特徴
型構造には面共有の八面体が存在しています.ポーリングの第二法則によれば面共有は安定性に乏しいため、型構造では面共有を安定化するための何らかの原動力があると考えられます.
型を持つ物質はサイトに遷移金属が入ることが多く、面共有を通じて金属と金属の結合が生じているのではないかと考えられています.
型をとるような元素の組み合わせは、遷移金属と15-16族の半金属(メタロイド)の組み合わせである場合が多いです.イオン結合性の強くなる元素の組み合わせは滅多にありません.その結果、多くの型物質は金属的な伝導を示します.
型構造の物質には、塩化ナトリウム型構造には見られないような性質を示すような物質が知られています.ここでは代表的な物質を紹介します.
代表的な物質
MnBiをはじめとしたマンガン系物質
やなどのマンガンを含んだNiAs型物質は常温で強磁性を示します.永久磁石として応用されている物質はネオジム磁石やサマコバ磁石など、高価な希土類元素を含んだ物質が多いのですが、は希土類フリーかつ優れた磁気特性を示すことから、次世代の永久磁石の材料として注目されています.
MnAs
磁気冷凍材料とは、磁気熱量効果を利用し磁場によって温度を下げることの可能な性質をもつ磁性体です.冷媒材料を使用することなく冷却が可能なことから、効率的かつ安価な冷却技術として研究が盛んに行われています.は室温付近で著しく大きな磁気熱量効果を示します.さらに、圧力を加えると磁気熱量効果がさらに増強されることも知られています.
その他の物質
遷移金属を変えることにより、顕著に異なる物性を示します.
例えば、は反強磁性、は強磁性、は反強磁性、はパウリ常磁性を示します.
ヒ化ニッケル型構造から派生する構造
型構造では金属サイトは一種類の金属から構成されています.この金属サイトを2種類の金属で占有することにより、異なる対称性を持つ構造が生成されます.
LiTiS2型構造
金属サイトに2種類の金属が層状に秩序化した構造です.金属は二次元三角格子を形成しており、したがって磁性金属があれば磁気フラストレーションが期待されます.実際、、などの物質がフラストレートした磁気物性を示すことが知られています.その他、、などの物質が同構造を示します.
CdI2型構造
金属サイトを型構造と同様に2種類に分けた上で、一方のサイトを空にしたような構造です.型構造の全ての八面体空孔が占有された金属層と全く占有されていない金属層を交互に積層したような状態です.
空の層があるのは不安定そうに見えますが、各層はファンデルワールス結合によって緩く結合しており、それゆえに引き剥がして単層物質を作ることも可能です.
BiI3型構造
型構造の占有されている方の層の金属をさらに四分の一取り除いた構造です.金属を一部だけ取り除くことにより、金属はハニカム格子を作ります.すなわち、ハニカム構造が形成された層と、八面体空孔が全く占有されていない層が交互に積層した結晶構造をとります.
Fe3Se4、Fe7Se8
型構造の金属サイトを一層おきに欠損させることによりやのような長周期型の構造が生成します.
まとめ
構造は、からなる六方最密充填の八面体空孔をが占有した結晶構造であり、立方最密充填構造において八面体空孔が全て占有された 型構造と対をなす存在です.
このようにメジャーになれる素質を持ちながら、目立った物質や物性の少なさからマイナーぎみな立ち位置にある結晶構造です.型構造は食塩という非常に分かりやすい身近な物質があることに加え、電池材料などでも目立った物質があるのが大きいでしょうか.なにか構造でのブレークスルーが起きて日の目を見ることを願います.
参考文献
Springer Ser. Mater. Sci. 2009, 131, 1.
Applied physics letters, 2001, 79.20: 3302-3304.
Angewandte Chemie International Edition, 2016, 55.34: 9877-9880.
Inorganic Chemistry, 2020, 59.19: 14058-14069.
結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).