更新 2024-3-3
ペロブスカイト型構造(Perovskite-type structure)
ペロブスカイトとはロシア原産の鉱物の名前でもあり、結晶構造の名前でもあります.前者の鉱物は日本では灰チタン石と呼ばれ、の組成で表されます.灰チタン石の結晶構造を指してペロブスカイト型構造と呼び、無機固体化学における代表的な構造として知られます.
ペロブスカイト構造を持つ物質は、のようにという組成を持ち、ここでは大きな陽イオン、は小さな陽イオン、は陰イオンを表します.はに八面体型に囲まれていて、この八面体同士が互いに頂点の陰イオンを共有することで構造が成り立っています.
典型的なペロブスカイトはが酸素陰イオン()の酸化物であり、人類の歴史で重要な役割を果たしてきました.例えば、誘電材料であるや(PZT)は、スマホをはじめとして様々な電子機器の中で使用されています.地球の内殻にもペロブスカイトが存在するように、自然界でも現代文明でも頻繁に顔を出す結晶構造です.
また、近年ではがヨウ素や塩素などのハロゲンであるペロブスカイトも有名になりました.ハロゲンペロブスカイトは太陽電池の分野で急速に拡大しており、シリコン型の従来型太陽電池の太陽光変換効率をを超えるところまで来ています.ペロブスカイト太陽電池の知名度が拡大したこともあり、ペロブスカイトを太陽電池の名前であると勘違いする人まで出てきました.
- ペロブスカイト型構造(Perovskite-type structure)
- ペロブスカイト構造をとるための条件
- 八面体の回転によって現れる構造
- 陽イオン・陰イオンの秩序化によって現れる構造
- 陽イオン・陰イオンの欠損によって現れる構造
- 他の種類の構造との組み合わせによって現れる構造
- まとめ
- 参考文献
ペロブスカイトの派生構造
さて、ペロブスカイトの結晶構造は非常に対称性の高い立方晶系をとっています.この三次元的なネットワークが様々な物性を示すための要なわけです.
このネットワークは一見非常に密で堅牢に見えます.しかし、ペロブスカイトが覇権を握った要因として、その構造の柔軟性があります.堅牢な外見に反して、ペロブスカイトはとても柔軟に結晶構造を変化させることが出来るのです.
例えば、陽イオンが小さすぎる場合は、八面体のネットワークが折れ曲がることで構造を保ちます.陰イオンの一部が欠損したとしても構造を組み替えることで持ちこたえます.さらに、他の種類の結晶構造とも共存させることができます.
それゆえに、ペロブスカイトから派生する構造は特に種類が多く、物質のバリエーションも非常に豊富です.また、これらのパラメータを少しずつ変化させる(陽イオンの大きさを少しずつ変える、酸素欠損を少しずつ増やすなど)ことにより、物性を連続的に制御するような芸当も可能です.
今回は、ペロブスカイトが機能の宝庫と呼ばれる一つの理由である、構造の凄まじい柔軟性について見ていきます.
ペロブスカイト構造をとるための条件
の組成の物質が常にペロブスカイト構造を取るとは限りません.ペロブスカイト構造では、は12のに配位されており、は6つのに配位されているため、このスペースに入り切らない(あるいはスペースに対して小さすぎる)陽イオンを選ぶと、ペロブスカイトが安定に存在しなくなります.
そのような場合、ペロブスカイト構造には歪みが生じます.理想的なペロブスカイト構造は対称性が非常に高く、の原子は一直線に並んでいます.構造が歪むと、この角度が180°から外れた値となるのです.
どのようなときに構造の歪みが生じるかは、簡単に計算することができます.結晶構造を見たとき、理想的なモデルでは原子と原子の結合長に一定の条件が課されます.
理想的なペロブスカイトでは、格子定数の値と距離の二倍が等しくなります.
一方、格子定数の値は距離の倍に等しくなります.
このため、理想的なペロブスカイトでは以下の式が成り立つはずです.
すなわち、のイオン半径をとしたとき、理想的なペロブスカイトでは
となります.
この を許容因子(tolerance factor)と呼び、ペロブスカイトが成立するための条件を与えます.理想的なペロブスカイト構造であるでは が1に非常に近い値をとります.
八面体の回転によって現れる構造
許容因子 が1よりも小さな時は、理想的なものから歪んだ結晶構造が現れます.小さくなりすぎると、もはやペロブスカイト構造とは似ても似つかない構造となります.
具体的には、 が1を下回ると、型や型のような結晶構造が現れます.他にも様々な構造がありますが、元のペロブスカイトによく似た構造をしています.このような構造の歪みは各々の八面体が「回転」することによって起こります.
が1よりも大きい場合、ペロブスカイトとは異なる結晶構造が生じる場合があります.という物質は、ペロブスカイトと同じく陽イオンが陰イオンに八面体配位されていますが、これらの八面体はいずれも頂点ではなく面を共有することで一次元的なネットワークを形成しています.
が1より大きい物質群では、構造のほかにも、構造とペロブスカイト構造が様々な比で組み合わさって積層したような結晶構造が現れます.これらの物質群は六方ペロブスカイト関連物質と総称され、ペロブスカイトと同じ程度に大きな物質ファミリーが知られています.
陽イオン・陰イオンの秩序化によって現れる構造
例えば、サイトに1種類ではなく2種類の陽イオンを使用した場合、何が起こるでしょうか.両者の化学的性質が似ている場合、これらは互いに混ざりあうと予想されます.この場合、2種類の陽イオンはランダムに分布することになり、平均構造を観測するX線測定では両者の区別が付きません.
では、サイトを占める陽イオンの化学的性質が大きく異なる場合はどうでしょうか.性質の大きく異なる陽イオンは共通のサイトを占めることができず、別々のサイトを占めることになります.これを陽イオンの秩序化と呼びます.
サイトを占める2種類の陽イオンの比が1:1であったとき、考えられる秩序化パターンは1種類だけではありません.頭で思いつくような秩序化パターンは全て実際の物質で実現しています.最も一般的なのは隣り合う陽イオンが互いに異なるように整列するパターン(型)です.
そのほか、陽イオンの比が1:1以外の組成、陽イオンが秩序化する物質も知られています.また、陰イオンサイトも秩序化する場合があります.酸素と別の陰イオンが共存する化合物(複合陰イオン化合物)において、様々な陰イオン整列パターンが見られています.
陽イオン・陰イオンの欠損によって現れる構造
ペロブスカイトは、例え原子が一部欠損したとしても構造を保ちます.中には、陽イオンサイトが完全に欠損してしまってもなお同様の構造をとります.Aサイト陽イオンのないペロブスカイト構造を型構造と呼びます.
陽イオンが欠損する一方で、陰イオンが欠損した構造もあります.欠損の割合が少ない場合、欠損は陰イオンとランダムに分布するため、結晶構造の対称性は変わりません.一方、陰イオン欠損の量が増えてくると元の骨格を維持できなくなり、陰イオン欠損が秩序化した新しい構造が現れます.
例えば、欠損の割合が6分の1のときは、八面体と四面体が共存したブラウンミレライト構造()や型構造などが見られます.物質によって陰イオン欠損の分布の様子が異なり、様々な構造パターンが生じます.また、欠損の割合が3分の1まで大きくなると、ある面内の陰イオンが全て欠損した層状構造が現れます().
他の種類の構造との組み合わせによって現れる構造
ペロブスカイト構造であるための条件は、八面体が頂点を共有していることです.このような構造上の特徴は、様々な結晶構造の中で見られます.構造によっては、ペロブスカイト構造と他の有名な結晶構造が交互に積み重なったような複雑な構造をとる場合があります.
最も有名な積層構造は、ペロブスカイト構造と岩塩(型)構造が組み合わさったような構造です.これらの比が1:1である構造を型と呼び、非常に多くの物質が知られています.超伝導体として有名なや、イオン伝導体として有名ななどが含まれます.
また、ペロブスカイト層の割合が増えた一連の結晶構造も報告されており、Ruddlesden–Popper相(一般式:)として有名です.
他にも、構造との積層構造であるDion–Jacobson相(一般式:))や型の層と組み合わせたAurivillius層などが知られます.いずれの層状構造も、nの値によって結晶構造と物性に顕著な変化が生じます.
さらに、近年物質探索の豊富なハライドペロブスカイトの分野では、さらに複雑な積層構造が現れています.
まとめ
ペロブスカイト構造がメジャーな結晶構造となることのできた要因として、以上のような豊富な構造バリエーションの存在が挙げられます.
ペロブスカイト由来の構造ユニットは様々な結晶構造で見られ、中には固体化学・物性物理で有名な物質も多くあります.また、これらの回転や積層数、欠損の割合などのパラメータを連続的に変えることが可能なことは、物性の起源を解明する上でも有益です.
参考文献
Tilley, R. J. (2016). Perovskites: structure-property relationships. John Wiley & Sons.
結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).