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磁気抵抗と巨大磁気抵抗:磁場をかけると電気の流れやすさが変わる?

更新 2024-3-3

磁気抵抗(Magnetoresistance)

物質に電場をかけると、絶縁体でない限りは電流が流れます.一般的に電流は電圧に比例し、これをオームの法則と呼びます.では、電流の流れている物質に磁場をかけると何が起こるでしょうか.

運動している荷電粒子(キャリア)に磁場をかけるとローレンツ力が働きます.電流に垂直な方向に磁場をかけることで、キャリアはローレンツ力により電流および磁場に垂直な方向に力を受けます.このため、キャリアが物質の一方に偏り、その方向に起電力が生じます.これを(正常)ホール効果と呼びます.ホール電圧は磁界に比例し、キャリアの符号(電子か正孔か)を見分ける測定法として重宝されています.

電流の垂直方向にはホール効果が働きますが、実はこのとき電流と平行方向にも変化が生じています.通常の物質では電流の進路が曲がることで電子の散乱確立が上昇し、電気抵抗はわずかに上昇します.磁気抵抗効果」とは、磁場をかけることで電気抵抗が変化する現象であり、通常は磁界の二乗に比例して電気抵抗が変化します.磁場をかけた際に電気抵抗が大きくなる効果を「正の磁気抵抗効果」と呼び、反対に電気抵抗が低下する効果を「負の磁気抵抗効果」と呼びます.

磁気抵抗効果は、磁気ディスクからの読み出しヘッド磁気センサーなどに利用されています.通常の磁気抵抗効果は、応用上最もよく使われるパーマロイ(鉄とニッケルの合金)においても電気抵抗がせいぜい数%程度変化するだけの現象です.

しかし、1980年代には巨大磁気抵抗効果(GMR)により電気抵抗が数十%以上変化することが見出され、磁気ヘッドをはじめとした磁気デバイスの性能が飛躍的に向上しました.近年では数百%、数万%を超える磁気抵抗効果が発見されており、スピントロニクスなどの応用分野が拡大しています.

今回は、磁場によって電気抵抗が変化する磁気抵抗効果について見ていきます.

磁気抵抗(Magnetoresistance)と磁気抵抗(Magnetic resistance)

磁気抵抗」という言葉を調べると二種類の意味があります.

(1)磁気回路における抵抗で起磁力と磁束との比

(2)電気抵抗が磁場により変化する現象

一つ目の磁気抵抗(magnetic resistance)は磁気回路について定義されるものです.電流が電気回路を流れることのアナロジーで、磁束が磁性体の中を流れるような回路を考えます.磁束の流れ易さは透磁率に比例するので、磁気回路の磁気抵抗は透磁率の逆数に比例します.

一方、今回紹介する磁気抵抗(Magnetoresistance)は、磁界を印加した時に物質の電気抵抗が変化する現象であり、両者は互いに全く別のものです.

磁気抵抗の値は、磁場下の電気抵抗率( ρ_H)と元の電気抵抗率( ρ_0)を用いて、下式のように評価されます。

   MR = \dfrac{ρ_H - ρ_0}{ρ_0}×100\text{%}

磁気抵抗効果の発見

磁気抵抗効果は、1856年にWilliam Thomson(ケルビン卿)によって報告されました.マクスウェル方程式が完成してからまだ数年の頃です.ケルビン卿は、( \rm{Fe})やニッケル( \rm{Ni})といった磁石の電気抵抗を磁場中で測定する実験を行ったところ、磁場と同じ方向に電流を流すと電気抵抗が増加し、磁場に垂直な方向に電流を流すと減少することを発見しました.これは、今日では異方性磁気抵抗効果(AMR)と呼ばれる現象です.当時発見された磁気抵抗はごく小さく、電気抵抗を5%以上変化させることはできませんでした.

非磁性金属の磁気抵抗は等方的かつわずかであり、研究の注目を集めたのは強磁性体(磁石)の磁気抵抗効果です.強磁性体では、電気抵抗が磁化と電流の相対的な向きに依存して変化します(AMR).AMRは正のときもあれば負のときもありますが、その大きさは2~3%程度にとどまっています.強磁性体ではホール効果にも磁化に依存した効果が発見されており、これを異常ホール効果と呼びます.

巨大磁気抵抗(Giant magnetoresistance、GMR)

発見から100年以上にわたり、磁気抵抗効果の大きさは数%を超えることがありませんでした.磁気抵抗の歴史が動くのは、1980年代のことです.

1970年代頃、世界は半導体超格子を中心としたナノテクノロジーの時代を迎えていました.原子を一層一層重ねて人工膜を作製する技術が確立し、二次元電子ガスや量子閉じ込め効果などの新現象が次々と発見されていきます.こうしたナノサイエンスは特に半導体分野で目覚ましい進展を遂げ、トランジスタ、メモリ材料、レーザーなどのデバイスが著しく高性能化しました.

半導体における電子の広がりは数十 nm 近くあるので、比較的厚い薄膜においても二次元効果が現れます.一方、磁性体の相互作用はせいぜい数 nm 程度のスケールでしか働きません.このため、二次元磁性体の研究が可能になったのは、数 nm スケールの薄膜の作成が可能になった1980年代になってからでした.

こうして1980年代に入ると、界面磁気異方性や磁気モーメントの増大などの現象が磁性体薄膜で発見されました.磁性体・非磁性体に関わらずあらゆる金属を自由に積層可能な磁性体薄膜は「人工超格子」と呼ばれ、新しい現象や応用分野への期待から多くの研究者の参入を駆り立てました.

そんな折の1988年、ドイツのGrunbergのグループとフランスのFertのグループは、 \rm{Fe} \rm{Cr}からなる人工超格子における磁気抵抗効果を報告しました.Fertらが作成した人工超格子の磁気抵抗効果は50%にまで達し、巨大磁気抵抗(GMR)と名付けられました.Grunbergらも同様の人工超格子を作成していましたが、こちらの磁気抵抗効果は1.5%程度にとどまりました.

いずれの人工超格子も、 \rm{Fe} \rm{Cr}を数原子層の厚さで交互に積み重ねた多層膜です. \rm{Fe} \rm{Cr}も体心立方構造を持つ金属ですが、 \rm{Fe}は強磁性体な一方で \rm{Cr}は強磁性体ではありません.外部磁場のない状態では、多層膜内の \rm{Fe}膜の磁化は互いに反対方向(反強磁性的)になっています.磁場をかけると、 \rm{Fe}膜の磁化が磁場に平行となり、同時に多層膜の電気抵抗が大きく減少します.

これをどう理解すればよいでしょうか.物質の電気抵抗は電子の散乱によって決まります.散乱は電子スピンの相対的な向きに依存し、平行なときに最も弱く、反平行なときに最も強くなります.磁場のない状態では \rm{Fe}膜は反平行であるため、別の \rm{Fe}膜に電子が移動する際に大きな散乱を受けるため抵抗が大きい状態です.ここに磁場をかけて隣り合う \rm{Fe}層の磁気モーメントが同じ方向を向けば、スピンが反転する必要がないため散乱が抑えられ、抵抗が下がります.

当時の巨大磁気抵抗効果の実現には大きな磁場と極低温が必要でしたが、材料や合成法の工夫により常温でも高性能なGMRが実現しました.GMRはハードディスクドライブの飛躍的な高性能化をもたらし、これに続く磁気抵抗素子の研究の端緒となりました.この功績により、GrunbergとFertは2007年のノーベル物理学賞を受賞しています.

トンネル磁気抵抗(Tunnel magnetoresistance、TMR)

GMRでは、強磁性体と強磁性体の間に金属( \rm{Cr})を使用しました.これを絶縁体に変えたらどうなるでしょうか.そんなことをしては電気が流れなくなってしまう?その通りですが、絶縁体が十分に薄ければ電子がトンネル効果によって絶縁体を通り抜けることが知られています(トンネル効果).

強磁性金属で絶縁体薄膜を挟んだ素子を考えます.電子が絶縁体中をトンネルする間は電子が散乱される可能性が低いので、スピンが保存されるはずです.抵抗値は両脇の強磁性体の磁化の相対的な向きで決まり、磁化が平行の時に抵抗が最も小さくなります.この現象をトンネル磁気抵抗(TMR)と呼びます.

TMRに関する研究は1970年代から行われていましたが、当時はまだ薄膜の作成が難しく再現性に難がありました.TMRの研究は1988年のGMRの発見で息を吹き返し、1995年にブレークスルーが起こります.東北大のMiyazakiらは、良質のアモルファス \rm{Al_2O_3}絶縁膜を使用した \rm{Fe\text{/}Al_2O_3\text{/}Fe}膜を作成し、18%に達するTMRを実現しました.この発見をきっかけに、TMRもメモリ材料や磁気ヘッドとしての利用が進みました.

2001年、絶縁膜として \rm{MgO}を使えば巨大なTMRが生じるだろうという理論が発表されました.これを受けて2004年、YuasaらとParkinらは \rm{MgO}単結晶層をトンネル障壁に使うことで200%におよぶTMRを実証しました.最近のハードディスクドライブでは、磁気ヘッドに \rm{MgO}絶縁膜のTMRを使用しています.

超巨大磁気抵抗(colossal magnetoresistance、CMR)

以上のように、大きな磁気抵抗を示す物質は二次元薄膜に限定された特異な現象であるように思えます.この常識を打ち破ったのは意外な物質でした.

銅酸化物高温超伝導体の発見(1986年)以降、金属酸化物の研究が爆発的に広がりました.その渦中で、あるマンガン( \rm{Mn})の酸化物に磁界をかけると電気抵抗が著しく減少することが発見されます.この磁気抵抗効果は組成によって1000倍(100,000%)におよび、巨大磁気抵抗を超える存在として超巨大磁気抵抗(colossal magnetoresistance、CMR)と名付けられました.

CMRを示すのは \rm{Mn}からなるペロブスカイト酸化物であり、 \rm{(R,A)MnO_3}の組成を持ちます.ここで、 \rm{R}は希土類元素、 \rm{A}はアルカリ土類金属を表します.組成のエンドメンバーである \rm{CaMnO_3} \rm{LaMnO_3}は反強磁性の絶縁体ですが、両者を固溶させると低温で金属絶縁体転移を起こし、低温で強磁性の金属となります.これに伴い、低温で電気抵抗が急激に低下します.

この固溶体に磁場をかけると電気抵抗が減少し、特に転移点付近の温度では著しく大きな負の磁気抵抗を示します. \rm{(R,A)MnO_3}では強磁性状態であることが金属伝導を示すことと強く結びついています.外部磁場によって強制的に \rm{Mn}を同じ方向に向かせることで擬似的な強磁性状態を作り出し金属化させることが可能です.(簡略化しすぎた説明なので、詳細は参考文献を参照してください.)

こうしたCMRは \rm{(R,A)MnO_3}の組成だけではなく、層状ペロブスカイトと総称されるRuddlesden–Popper相でも観測されています.Ruddlesden–Popper相は \rm{(R,A)_{n+1}Mn_nO_{3n+1}}の組成を持ち、ペロブスカイト構造と塩化ナトリウム構造が交互に積層した構造を持ちます.

また、 \rm{(R,A)MnO_3}のCMRの発見を契機に、他の遷移金属化合物における磁気抵抗効果の研究が行われました.パイロクロア構造を持つ \rm{Tl_2Mn_2O_7}のほか、スピネル構造を持つ \rm{FeCr_2S_4} \rm{HgCr_2S_4} \rm{CaFe_2O_4}構造を持つ \rm{NaCr_2O_4}などで同様にCMRが報告されています.

超巨大磁気抵抗(extreme magnetoresistance、XMR)

さて、前項で「超巨大磁気抵抗」という訳語を当てたとき、まさかこれ以上に磁気抵抗効果は大きくならないだろうという考えがあったと思われます.ところが、それ以上に大きな磁気抵抗効果が現実のものとなります.

2014年、 \rm{WTe_2}という物質が 452,700% という途方もない磁気抵抗効果を示すことが発見されました.この磁気抵抗は60 Tという巨大な磁場でも飽和しておらず、磁場をかければかけるだけ上昇することが示されています. \rm{WTe_2}は層状構造の金属であり磁性を持たないため、これまでの物質とは全く異なる起源により磁気抵抗が生じていることが明らかでした.

その後、 \rm{WTe_2}だけではなく、後に様々な物質で同様に巨大な磁気抵抗効果が発見されました.例として、塩化ナトリウム型構造を持つ \rm{LaSb} \rm{LaBi} \rm{WTe_2}と同様に層状構造を持つ \rm{MoTe_2} \rm{PdTe_2}、ハーフホイスラー合金、 \rm{NbAs} \rm{TaAs} \rm{WP_2} \rm{MoP_2} \rm{ZrTe_5} \rm{WTe_5}などが挙げられます.

これらの物質における巨大な磁気抵抗効果はExtreme magnetoresistance(XMR)Titanic magnetoresistance(TMR)と呼ばれますが、日本語にはまだ対応する日本語訳がなくCMRと同様に超巨大磁気抵抗と呼ばれています.TMRではトンネル磁気抵抗とかぶることに気づいたのか、最近では専らXMRの呼び名が使われます.

XMRは電子の動き易さ(移動度)によって変わることが示唆されています.そのため、XMRは試料の純度に依存し、欠陥の少ない純良な試料であるほど磁気抵抗効果が大きくなるようです.また、ディラック(またはワイル)電子系材料でもよく見られます.ディラック電子とは質量がゼロとみなされる電子のことであり、非常に大きな移動度を示します.ディラック電子が存在するかどうかは物質のバンド構造を見ることで判断でき、計算科学の進展とともに膨大な数のディラック電子系物質が発見されました.上記のXMR物質のほとんどは、ディラック電子系物質です.

そのほか、電子と正孔の補償機構によってXMRが生じるメカニズムも提案されています.補償機構とは、電子と正孔という2種類の電荷キャリアがバランスよく同程度のキャリア密度を持つことを指します.

まとめ

磁気抵抗は発見されてから100年以上、数%程度しか現れない小さな効果でした.1988年当時は数十%でも「巨大」な効果であり、「巨大磁気抵抗」と呼ばれましたが、その後インフレが進み、現在では100,000,000%を超える磁気抵抗効果が発見されています.このように途方もない現象が現れるとは予期していなかったのか、まだ日本語の訳語があてられていません.

XMRは何らかの応用先がありそうですが、純良試料が必要なことや低温でのみ見られることから実用化には課題があります.とはいえ、これほど劇的な現象もなかなか無いわけですから、応用分野が見つかるのも時間の問題かと思います.

参考文献

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