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ThCr2Si2型構造:金属間化合物における機能の宝庫

更新 2024-3-3

ThCr2Si2型構造(ThCr2Si2-type structure)

結晶構造には莫大な種類のものが知られており、よく見る結晶構造もあればあまり見かけない結晶構造もあります.二元系のNaCl型構造蛍石型構造は多くの元素の組み合わせで見られますが、三元系、四元系と複雑な組成になると一種類の物質でしか見られない珍しい構造もあります.

三元系物質の中にも特に有名な結晶構造があります.例えば、ペロブスカイト型構造をとる酸化物材料は組成が豊富にあり、工業的に多くの材料が使用されています.その他、スピネル構造パイロクロア構造なども有名です.

上述のペロブスカイト構造などは、主として酸化物などのイオン性化合物でのみ見られる結晶構造です.イオン結晶の結晶構造は有名なものが多いですが、共有結合性や金属結合性の大きい金属間化合物における結晶構造の知名度はそれほど高くありません.

そんな金属間化合物において、まさしくスターと言える代表的な結晶構造として知られるのが \rm{ThCr_2Si_2}型構造です.豊富な元素の組み合わせを持ち、高温超伝導体( \rm{BaFe_2As_2})や重い電子系物質( \rm{CeCu_2Si_2})、磁気冷凍材料( \rm{RMn_2Si_2})などの極めて興味深い物性を示す材料も多くあります.

今回は、金属間化合物を語る上で欠かすことのできない結晶構造、 \rm{ThCr_2Si_2}型構造について見ていきます.

ThCr2Si2型構造とその関連構造

 \rm{ThCr_2Si_2}型構造の名は、1965年に発見された物質である \rm{ThCr_2Si_2}の結晶構造に由来します.同時期に、同じ結晶構造を持つ \rm{CaGa_2Al_2}などの物質も見つかっており、古い文献では \rm{CaGa_2Al_2}型構造と記載されている場合もあります.

いずれの物質も AB_2X_2の組成を持ちます. Aサイトにはアルカリ金属やランタノイドなどの電気陰性度が小さい金属、 Xサイトにはpブロック元素、そして Bサイトには遷移金属が入ります.

 \rm{ThCr_2Si_2}型構造がどのような結晶構造であるかを説明するにあたって、まずはより単純な構造である \rm{BaAl_4}型構造を見ていきます. \rm{BaAl_4}型構造は、下図のように \rm{Al}からなる層の間に \rm{Ba}を挟みこんだような見た目をしています.

この \rm{Al}からなる層のうち、半数を別の金属に置き換えることで \rm{ThCr_2Si_2}型構造を持つ AB_2X_2となります.この際、 B Xによって四面体型に配位されており、 BX_4四面体は互いに辺を共有して二次元平面に連結しています. Bは層内で正方格子を形成しています.この B_2X_2層を指して逆蛍石型の層と呼ぶ場合もあります. A B_2X_2層の間にあり、 Aは8つの Xと結合しています.

層間の X Xは通常、結合を形成しませんが、高圧下や特定の組成では向かい合う X同士が結合を作り、結晶構造が結合方向に大きく縮む場合があります.この潰れた結晶構造を指してコラプス(collapsed) \rm{ThCr_2Si_2}型構造と呼びます.

 \rm{BaAl_4}型構造から派生する結晶構造は他にもいくつか知られています. \rm{ThCr_2Si_2}型構造では、 \rm{Cr} \rm{Si}に四面体型に配位されていましたが、逆に \rm{Si} \rm{Cr}に四面体型に配位された層と交互に積層することで、 \rm{CaBe_2Ge_2}型構造となります.

一方、 \rm{BaAl_4}型構造で \rm{Al}層を置き換えた二種類の金属の比を1:3にすることによってできる結晶構造が \rm{BaNiSn_3}型構造です.結晶の反転対称性が破れている(結晶をクルッと反転させても元の構造に戻らない)事が特徴です.

また、 \rm{ThCr_2Si_2}型構造の金属サイトとアニオンサイトが入れ替わった物質も知られており、逆 \rm{ThCr_2Si_2}型構造と呼ばれます. \rm{La_2O_2Te}などの物質が挙げられます.

ThCr2Si2構造を持つ物質

 \rm{ThCr_2Si_2}型構造は金属間化合物における代表的な結晶構造であり、非常に多くの組成があります.物質の報告は増加し続けており、既に2500種類以上の物質が知られています.

BaFe2As2

電気抵抗がゼロとなる超伝導という現象は、鉄などの磁性元素との相性が悪いと言われてきました.そんな中で、鉄を含む物質が40 K級の高い超伝導転移温度を示した事が発見され、業界は震撼しました.世界的な鉄系超伝導体の探索が行われ、 \rm{BaFe_2As_2}もその際に発見された超伝導体の一つです.[a]

 \rm{BaFe_2As_2}自体は超伝導を示さない磁性体ですが、 \rm{Ba}サイトに \rm{K}を添加、 \rm{Fe}サイトに \rm{Co}を添加、 \rm{As}サイトに \rm{P}を天下などの方法により、最大で35 K程度の転移温度を持つ超伝導体となります.超伝導の起源をめぐって、現在でも研究が続けられています.鉄系超伝導体の中では早期に単結晶の合成ができたこともあり、鉄系超伝導体の代表選手としてあり続けています.

超伝導を示す \rm{ThCr_2Si_2}型物質は数多く、他にも \rm{LaCo_2B_2} \rm{LaRu_2P_2}などの超伝導体が知られています.[b]

CeCu2Si2

 \rm{CeCu_2Si_2}が奇妙な低温物性を示すことが1979年に報告されました. \rm{CeCu_2Si_2}は低温で磁気転位を起こし、さらに極低温で超伝導を示します.さらに、この時の \rm{CeCu_2Si_2}内の電子は非常に動きにくい(有効質量が大きい)状態となっており、「重い電子系物質」との類似点が多く見られました.[c]

重い電子状態は、一箇所に局在したf電子と伝導電子が強く相互作用することによって起こるとされ、 \rm{CeCu_2Si_2}では \rm{Ce}のf電子の存在に由来します.実際、同じ結晶構造を持つ \rm{LaCu_2Si_2}では \rm{Ce}系のような異常な性質を示しません. \rm{CeCu_2Si_2}は最初の重い電子系超伝導体として注目され、現在でも研究が続けられています.

La2O2Bi

 \rm{ThCr_2Si_2}型構造を持つ物質です. \rm{Bi}は通常はカチオンとして振る舞いますが、この物質ではアニオンとしての性質を見せます. \rm{La}を小さなランタノイド元素に置換し、層間に過剰な酸素アニオンを導入することで超伝導体となることが知られています.さらに、同構造を持つ \rm{Bi_2O_2Se}は近年、半導体材料として注目されています.[d]

LnMn2X2 (Ln = ランタノイド、X = Si, Ge)

 \rm{Mn}系の物質であり、 Lnの種類によって性質が大きく異なることが知られています.また、 Ln \rm{Mn}の磁気的相互作用により、複雑な磁気構造や相図が現れます.組成によっては常温付近で磁気転移を起こし、磁場によって温度を増やすことが可能な磁気冷凍材料として使用されます.[e]

まとめ

金属間化合物は、日常で接する機会があまりないために知名度がそれほど高くありません.とはいえ、基礎研究の世界では注目すべき組成が数多く知られていることも事実です.特に、 \rm{ThCr_2Si_2}型構造は金属間化合物の「ペロブスカイト」とも謳われるように、組成や圧力をパラメータとして物性物理分野での研究が数多くなされています.

強いて難点を挙げるとすれば、構造名が非常に覚えにくいことでしょうか.「ラーベス相」や「クラスレート」のようにかっこいい名前が付けば良かったのですが...

参考文献

Journal of Solid State Chemistry, 2019, 272: 198-209.

[a] Physical review letters 101.10 (2008): 107006.

[b] Physical Review Letters 106.23 (2011): 237001. / Journal of solid state chemistry 69.1 (1987): 93-100.

[c] Physical Review Letters 43.25 (1979): 1892.

[d] Journal of the American Chemical Society 138.35 (2016): 11085-11088. / Advanced Functional Materials, 2020, 30.49: 2004480.

[e] Journal of alloys and compounds, 1994, 210.1-2: 213-220.

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).