ペロブスカイト構造(Perovskite structure)
ペロブスカイトとは、最近世間を賑わしている新型の太陽電池の名前・・・ではありません.
ペロブスカイトとは、の組成を持つ鉱物を指します.ペロブスカイトの結晶構造を指してペロブスカイト構造と呼びます.
昨今では太陽電池の名前として度々ペロブスカイトの名を聞きますが、もともとペロブスカイト材料の研究の中心は酸化物でした.強誘電体(チタバリ)、圧電体(PZT)はスマホの中をはじめとして様々な分野で使用されています.また、は地球の内殻を構成する主要鉱物です.
その他にも、高温超伝導、巨大磁気抵抗、イオン伝導、負の熱膨張など、ペロブスカイト酸化物は「機能の宝庫」と言っても良いほどの多種多様な物性を示します.
それなのに昨今、ペロブスカイトは太陽電池の名前であると誤解する人が多くなり、酸化物材料の科学者・技術者の恨みは相当なものです.「ペロブスカイトとは太陽電池の名前です」などと日本セラミックス協会で口にすれば、電気炉で焼却されることは免れません.
- ペロブスカイト構造(Perovskite structure)
- ペロブスカイト構造の表し方
- ペロブスカイト構造を持つ物質
- 許容因子(Tolerance factor)とペロブスカイトの派生構造
- まとめ
- 参考文献
ペロブスカイト構造の表し方
さて、ペロブスカイトの結晶構造について見ていきましょう.
三元系の中ではかなりシンプルですが、塩化ナトリウム型やヒ化ニッケル型などと比べるとやや複雑です.
結晶構造を二通りの方法で表してみましょう.を例とします.
最密充填を基準とする方法
まずの面心立方格子(FCC)を考えます.単位胞には4つのがありますが、このうち頂点のを別の原子()に置き換えます.このような構造を構造と呼びます.次に、のみから構成される八面体間隙にを入れると、ペロブスカイト構造が完成します.
多面体を基準にする方法
ペロブスカイト構造を持つ物質
ペロブスカイト構造は立方晶系、単純立方格子構造で、空間群はです.
一般に、のあるサイトをAサイト、TiのあるサイトをBサイトと呼びます.組成は1:1:3であるため、ABX3 ペロブスカイトという呼ばれ方もします.ペロブスカイト構造は酸化物に限らず、フッ化物や水素化物、金属間化合物にも見られます.
ペロブスカイトは最密充填を基調とした構造であり、密度が高く丈夫です.全ての八面体は頂点を共有してつながっており、等方的な物性が期待できます.
酸化物に限っても、金属イオンの組み合わせの数が無数にあり、派生構造も含めると膨大な数の物質が知られています.
上述のとおり、ペロブスカイトは「機能の宝庫」と言っても良いほどの多種多様な物性を示します.そのため、個別の記事で紹介したい物質の方が多いのですが、以下ではその一例を述べます.
代表的な物質
BaTiO3:驚異のチタバリ
では、が八面体の中心から少しだけ変位しています.この変位は電場によって「ひっくり返す」ことが可能であり、は強誘電性を示します.
分子性の強誘電体の報告しかなかった中で、は初のセラミック強誘電体でした.は極めて高い誘電率を示すことから、セラミックコンデンサの材料としてパソコンやスマートフォンなどの電子機器で利用されています.
Pb(Zr,Ti)O3:代わりの利かない圧電体
圧力をかけた際に電場が生まれる、あるいは逆に電場をかけたときに変形するような物質を圧電体と呼びます.圧電体は、ライターやコンロ、スピーカーなどの圧電素子として使用されています.中でも(通称PZT)はある組成において極めて大きな圧電応答を示します.
本来は毒性があるので使用が忌避される傾向にありますが、PZTはその圧倒的な性能から、未だに使用され続けています.
(Ba,K)BiO3:銅を含まない高温超伝導セラミックス
1986年、化学・物理界は高温超伝導のニュースに湧いていました.銅を含む酸化物が高い転移温度を持つ超伝導体であることが判明するやいなや、理論家まで参入する超伝導探索の一大ムーブメントが学会で沸き起こりました.
銅を含む酸化物高温超伝導体が続々と見つかる中、銅を含まない酸化物に目をつけた人もいました.はそんな中見つかった超伝導体であり、30 Kの転移温度は銅酸化物よりは低いものの、他の物質群の中では頭一つ抜けた転移温度の高さでした.
(La,Sr)MnO3:超巨大磁気抵抗の先駆け
磁場をかけたときに物質の電気抵抗が変化する現象を磁気抵抗と呼びます.磁気抵抗は通常の物質ではたかだか数%程度であり、数十%の磁気抵抗を示せば巨大磁気抵抗物質と呼ばれていました.
そんな中見つかったは、磁場によって絶縁体から金属の転移が起こり、電気抵抗が数桁以上も変わる超巨大磁気抵抗効果を示すことが明らかになりました. は組成や磁場に応じて極めて多様な物性を示し、現在も関連物質の研究が続いています.
Ba(Zr,Y)O3:プロトン伝導体
物質中で流れるものは普通は電子ですが、一部の物質ではイオンが流れますは水素イオン(プロトン)を流すことのできる酸化物です.の一部を で置換することにより酸素サイトに欠損ができ、その空孔に外部の水蒸気を取り込むことによってプロトンが流れます.
プロトンを流す物質は高温で不安定な物質が多い中、は優れた熱安定性を示すので、燃料電池や水素分離膜材料として注目されています.
(La,Sr)(Ga,Mg)O3:酸化物イオン伝導体
イオン伝導体の中でも、酸素イオンを流すことのできる物質を酸化物イオン伝導体と呼びます.では、酸素欠損の影響で酸素が動きやすい環境が整っており、高温域で高い酸化物イオン伝導度を示します.
(MA)PbI3:ペロブスカイトの意味を変えた歴史的太陽電池
太陽電池は太陽光を用いて発電が可能なクリーンなエネルギー材料です.長年の間、シリコンを用いた太陽電池が市場を独占していましたが、材料や製造コストが比較的高いという問題点がありました.ペロブスカイト太陽電池は高い変換効率を示し、塗布が可能で低価格という特徴があり、新しい太陽電池材料として注目されています.
ペロブスカイト太陽電池の材料として代表的なは、Aサイトが金属ではなくメチルアンモニウムという分子であり、酸化物でなくハロゲン化物であるなど、ペロブスカイトとしてはやや特殊な部類に入ります.関連材料が多数見つかって研究が加熱しており、ペロブスカイトのイメージはすっかり塗り替えられてしまいました.
許容因子(Tolerance factor)とペロブスカイトの派生構造
実は、鉱物ペロブスカイトは、正式には理想的なペロブスカイト型構造から少し歪んだ構造をしています.歪みを強調した形で、もう一度結晶構造を描いてみます.八面体を結ぶ線が少し折れ曲がっていることに気づくと思います.
上に挙げた代表的なペロブスカイト化合物についても、いくつかは理想的な立方晶から少し歪んだ構造を持っています.
目に見えないほどの小さな歪みであっても、結晶にとっては対称性が変わってしまうため大問題です.は立方晶ではなく直方晶に属します.
一方、をで置き換えたは正式な立方晶のペロブスカイトです.は非常に多種多様かつ面白い性質を示すのですが、その話はまた後日.
このような構造の歪みは、構成原子の大きさのバランスが崩れたときに現れます.理想的なペロブスカイトでは、格子定数の値と B-X 距離の二倍が等しくなります.
一方、簡単な幾何学から明らかですが、A-X 距離の倍が格子定数に等しいです.
このため、理想的なペロブスカイトでは以下の式が成り立ちます.
すなわち、理想的なペロブスカイトでは A, B, X のイオン半径をとしたとき、
となるはずです.このtを許容因子(Tolerance factor)と呼びます.
実際、ではtが1に非常に近い値をとります.一方で、tが1から外れた値を取る元素の組み合わせの時、理想的なペロブスカイトに近いのだけれど少し歪んだ構造を示します.
はtが1を下回っているため、八面体が「回転」することによって構造の歪みが生じます.反対にtが1を超えても別の構造が現れます.tの値に応じて様々な関連構造が現れます.
また、tとは関係なくAサイトやBサイトの金属イオン固有の性質によって構造が歪むことがあります.は代表的な例であり、Tiが八面体の中心からずれることで、大きな強誘電性を示します.
ペロブスカイト太陽電池で有名なは、Aサイトを金属イオンではなく分子イオンが占有しています.また、ペロブスカイトの陽イオンサイトと陰イオンサイトが入れ替わった物質、いわゆるアンチペロブスカイト(逆ペロブスカイト)も知られています.
派生構造は多すぎてキリがないので、別の項目で取り上げます.
まとめ
ペロブスカイトは元々酸化物の鉱物であり酸化物の代表的な結晶構造でありましたが、近年の太陽電池ブームに伴ってすっかり酸化物のイメージが駆逐されてしまいました.とはいえ、実用材料としても基礎研究の対象としても、酸化物ペロブスカイトは全く下火になっていません.圧倒的な組成・結晶構造の柔軟性と多種多様な機能性から、ペロブスカイトは固体材料の中心であり続けると予想できます.
参考文献
Tilley, R. J. (2016). Perovskites: structure-property relationships. John Wiley & Sons.
結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).