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パイロクロア構造:フラストレーションの宝庫

更新 2024-3-2

パイロクロア構造(Pyrochlore structure)

パイロクロアとは、 \rm{(Na,Ca)_2Nb_2O_6(OH,F)}の組成で表される天然鉱物です.パイロクロア(pyrochlore)はギリシャ語で「緑の炎」を意味しますが、これは古典的な吹管分析の点火時に緑色に輝いたことに由来します.

パイロクロアの結晶構造をパイロクロア構造と呼び、一般に A_2B_2\rm{O}_7の組成を持ちます. Aには8配位の金属(アルカリ土類金属、ランタノイドなど)、 Bには6配位の金属(遷移金属など)が入ります.

 Aカチオンは通常2価か3価であり、 Bカチオンは5価か4価をとります.一方、アニオンサイトは正確には \rm{O_6O'}と書かれ、2種類のサイトが存在します.

単位胞には16の Aカチオン、16の Bカチオン、48の \rm{O}アニオン、8の \rm{O'}アニオンが含まれ、合計88の原子を有する複雑な結晶構造です.

パイロクロア構造はスピネル構造とよく似ており、スピネル構造と同様に複雑です.以下では2種類の方法でパイロクロア構造を記述していきます.

蛍石型構造を基準とする方法

蛍石型構造は、カチオンからなる面心立方格子(立方最密充填)の全ての四面体間隙にアニオンを配置することで得られる結晶構造です.各カチオンは8つのアニオンに正方形型に配位され、反対にアニオンは4つのカチオンに四面体型に配位されています.組成は AX_2で表されます.

蛍石型構造のカチオンサイトを2種類に分け、別々のカチオンを[110]方向に配置することでパイロクロア構造に近い構造ができますが、このときの組成は ABX_4 (= A_2B_2X_8)です.

蛍石型構造にはカチオンによって形成される四面体間隙がありますが、このうち Bカチオンからのみなる四面体間隙にあるアニオン(全体の \dfrac{1}{8})を取り除くことでパイロクロア構造となります.アニオン欠損の影響により、 Bカチオンの配位数は8配位から6配位に低下します.

なお、四面体間隙には A_2B_2に囲まれたものと A_4に囲まれたものがあり、両者は異なる結晶学サイトにあります.比率は6:1であり、前者を \rm{O}サイト、後者を \rm{O’}サイトと呼びます.

多面体を基準にする方法

パイロクロア構造において、 Aカチオンは正方形配位、 Bカチオンは八面体配位されています.蛍石型構造では、正方形配位されたカチオンが互いに辺を共有してネットワークを形成していました.

同様に、パイロクロア構造では、 Aからなる正方形と Bからなる八面体が互いに辺を共有することで三次元的な構造ができあがります.なお、アニオン欠損の影響により、 Bからなる八面体同士は頂点共有となります.

反対に、アニオンから見ると、アニオンはカチオンに四面体配位されており、これらの四面体が辺を共有をしています.

パイロクロア構造を持つ物質

パイロクロア構造は、2種類のカチオンを規則的に並べた構造である関係上、カチオン同士の大きさや電荷に大きな違いがあることが求められます.もしカチオン同士が近い大きさを持っていたら、規則化すること無く混ざり合ってしまいます.

一般的には、 \dfrac{r_A}{r_B}の比が1.46から1.78の範囲にある時にパイロクロア構造が生成するとされます. \dfrac{r_A}{r_B}が1.78より大きくなると、いわゆる層状ペロブスカイト型構造となり、1.46より小さくなるとカチオンの混ざりあった蛍石型構造となります.

スピネル構造では、八面体と正方形が頂点共有により三次元的なネットワークを形成しています.各カチオンに着目してみると、 Aカチオンも Bカチオンもパイロクロア格子と呼ばれる特徴的な格子を組みます.この格子は、金属が四面体型に並び、それぞれの四面体が頂点を共有することにより形成されるネットワークです.

パイロクロア格子に磁性イオンを並べた時、磁気構造が自明には定まらない磁気フラストレーションが起こることが知られています.例えば、all-in-all-outや2-in-2-outと呼ばれる珍しい磁気構造が見つかっています.また、パイロクロア格子は、見方によっては三角格子とカゴメ格子が交互に積層した格子であるともみなせます.

磁気物性以外にも、パイロクロア化合物には電子伝導体、触媒、イオン伝導体である物質が知られています.[P]

 \rm{Cd_2Os_2O_7}: all-in-all-outの磁気秩序に伴う金属絶縁体転位
 \rm{Cd_2Re_2O_7}: 超伝導体
 \rm{La_2ZrO_7}: メタンやエタンの改質反応触媒
 \rm{Y_2(Zr,Ti)_2O_7}: 酸化物イオン伝導体
 \rm{Ho_2Ti_2O_7, Dy_2Ti_2O_7}: スピンアイス
 \rm{Y_2Ir_2O_7}: ワイル半金属
 \rm{Pr_2Ir_2O_7}: 比従来型の異常ホール効果

パイロクロア構造の関連構造

スピネル構造はすでに複雑な構造ですが、金属サイトを2種類の金属で占有させるなどの方法で新しい結晶構造が現れます.パイロクロア格子は、他の物質系においてもよく見られます.

β-パイロクロア構造

ここまで扱ってきたパイロクロア構造をα-パイロクロア構造と呼ぶことがあります.α-パイロクロア構造をとる A_2B_2\text{O}_7において A_4\text{O}四面体をまるごと1つの Aカチオンで置き換えた構造をβ-パイロクロア構造と呼びます.

もともと四面体が占めていた空間を1つの原子のみで構成するので Aカチオンのスペースが広く、大きな熱振動を示します.この影響により、格子と独立に原子が振動するラットリング現象が見られます.

蛍石型構造

前述のとおり、パイロクロアにある2種類のカチオンを1種類に置き換え、アニオン欠損を埋めることで蛍石型構造となります.

立方晶ラーベス構造、スピネル構造

これらの構造では、金属原子がパイロクロア格子を組みます.

まとめ

パイロクロア構造は、化学・物理の両分野で頻繁に顔を出します.特に磁性体としての研究が顕著で、現在もなお物性物理の中心に位置しています.カギを握るのはパイロクロア格子の存在であり、磁気フラストレーションに起因した様々な物性の舞台となります.

パイロクロア格子は他にもスピネル構造や立方晶ラーベス構造などでも見られ、そちらもやはり磁気物性に着目した研究が多くなされています.また、蛍石型構造の派生であることからイオン伝導体としても注目されます.

参考文献

Reviews of Modern Physics, 2010, 82.1: 53.

Inorganic Chemistry, 2018, 57.19: 12093-12105.

Journal of Rare Earths, 2020, 38.8: 840-849.

[P]

Physical review letters, 2012, 108.24: 247205.

Physical Review Letters, 2001, 87.18: 187001.

Applied Catalysis A: General, 2011, 403.1-2: 142-151.

Solid State Ionics, 2000, 129.1-4: 111-133.

Science, 2001, 294.5546: 1495-1501.

Physical Review B, 2011, 84.7: 075129.

Nature, 2010, 463.7278: 210-213.

結晶構造の描画にはVESTAを使用.K. Momma and F. Izumi, "VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data," J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).