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実験材料にも影響?アンチモン価格が急騰中

アンチモンに今何が起こっているのか

アンチモン(\rm{Sb})といえば、Zintl化合物としてポリアニオンネットワークを作ることで有名ですよね.例えば、\rm{Yb_{14}AlSb_{11}}では\rm{Sb}の3量体があり、高性能な熱電材料として有有力です.スクッテルダイト\rm{CoSb_3}には\rm{Sb}4量体が含まれ、結晶構造中の隙間にイオンを充填することで超伝導体や熱電材料として知られます.

他にも\rm{LaAgSb_2}のような電荷密度波を示すもの、\rm{YbMnSb_2}のようなトポロジカル電子材料なども知られています.Zintl化合物の文脈で語られないような物質でも、\rm{ZnSb}は熱電材料、\rm{MnSb}は強磁性体、\rm{CsV_3Sb_5}は超伝導体のカテゴリーでそれぞれ有名です.

一方、3価の陽イオン状態のアンチモンは、不対電子を持つという特徴により、同じ特徴を持つビスマス(\rm{Bi})とともに興味深い物性を示します.\rm{(Ba,K)SbO_3}は超伝導体、\rm{Sb_2S_3}は光吸収材料、\rm{(Bi,Sb)Te_3}は熱電材料およびトポロジカル電子材料としてそれぞれ多くの研究がなされています.

そんなことはどうでもいい.

本題ですが、アンチモンの価格が過去に例がないほど高騰しています.こちらのグラフをご覧ください.

ref. アンチモン輸入CIF価格

長い間横ばいに推移していたアンチモン価格が、ここに来て爆発的に上昇しています.5年で8倍、1年で4倍という破格の上昇率で、高止まりする気配もなくロケット噴射が続いています.

このままでは私の学生時代の相棒であったアンチモンが手に入らなくなるかもしれません.アンチモンに今何が起こっているのでしょうか.

アンチモンの生産と用途、高騰要因

当然ながら研究用途で使われるアンチモンはごく一部であり、産業的には難燃剤(プラスチック、繊維、電子部品向け)、金属製品・合金(弾薬、鉛合金、軸受、はんだ等)、ガラス・セラミックス・顔料(不透明化、脱ガス、着色)、バッテリー・電気関連(鉛蓄電池添加材や特殊用途)などの用途があります.

特に需要があるのは難燃剤としてアンチモン酸化物で、アンチモンの使用割合のおよそ半数を占めます.\rm{Sb_2O_3}はハロゲン系難燃剤と混合することで強い消火効果を示し、\rm{Sb_2O_5}は高温安定性や着色抑制が求められる高機能樹脂で\rm{Sb_2O_3}の代替または補助として用いられます.

どちらかと言えば地味な元素でしたが、2024〜2025年にかけて、アンチモンは「戦略物資化」と供給制約を受けて相場が急騰しました.

アンチモンの生産国

アンチモンは鉱山で硫化物として採掘されます.世界の鉱山生産はおおむね8〜8.5万トン/年であり、市場シェアは以下のとおりです.

  • 中国:約48%(最大)

  • タジキスタン:約25%

  • ロシア / トルコ / ミャンマー 等:合計で20%前後

著しく生産国が偏っていることがわかります.これにより、最大の生産国である中国の思惑によって価格が大きく左右されることになります.

中国の思惑とアンチモン価格

2024年夏〜秋にかけて中国がアンチモンを「輸出管理対象」に指定し、輸出許可制の導入、さらに対米輸出禁止へと強化しました.

これにより、従来は自由に輸出できた一部アンチモン製品(鉱石、金属、酸化物、特定化合物など)が、輸出前に当局の許可(ライセンス)取得が必須となりました.以後、税関での差し止め・押収、密輸捜査の強化、港での長期滞留といった執行行為により規制を強化しています.

その結果、国際出荷量が急減(報告によっては中国出荷がほぼゼロに近い水準まで落ちた)し、価格は短期間で急騰しました.各国(米国など)は安定確保に向けた投資支援を進めています.

アンチモンは軍需(弾薬やミサイル部品の硬化材)や先端産業に必要なため、「戦略物資」として管理する思惑があったようです.半導体や軍事技術を巡る米中対立の渦中で、重要物資の供給をコントロールすることが狙いであったと思われます.

恩恵を受けた企業

アンチモン価格口頭の余波は、何も悪い話だけではありません.資源を実際に扱う企業からすれば高騰による利益面での恩恵があります.

日本精鉱

アンチモン製品(酸化アンチモンなど)を手掛ける国内メーカー.相場高と輸出入の混乱を受け、製品単価の上昇が利益に直結.最新の決算資料で通期見通しの上方修正や1Qの増益を公表しています.

日本精鉱【5729】、4-6月期(1Q)経常は7.2倍増益で着地 | 株探ニュース

United States Antimony(UAMY)

売上・粗利が大幅増.米国での需給逼迫を背景にスポット販売価格が上昇しています.ただし数量は不安定で、長期安定供給の確保が課題のようです.

Hunan Gold(湖南黄金)等の中国系鉱業大手

金に加えアンチモン製品を一括して手掛ける企業は、相場高がそのまま収益を押し上げています.生産計画の拡大や売上見通し引き上げが報じられているケースがあります.

まとめ

アンチモンのように資源配分の偏った資源は、資源保有国の思惑一つで容易に環境が変わります.アンチモン価格が落ち着くのは米中の宥和を待ってからになるでしょうが、いつになるかは分かりません.

アンチモンを仕入れる企業はどうしているのでしょう.流石に短期間に値上がりしすぎてかなりしんどそうです.長期的にはアンチモンの代替材料を探していく流れになるのでしょうか.