更新 2024-3-1
食塩水(塩化ナトリウム水溶液)の電気分解
「電気のエネルギーによって強制的に酸化還元反応を起こすこと」を電気分解と呼びます.電気分解によって、水素の合成、塩素の単離、の製造、金属メッキ、金属の精錬などが可能であり、現代文明の維持に欠かせない技術です.
今回取り上げる反応は「食塩水の電気分解」です.食塩水とは、一般的に塩化ナトリウム()の水溶液を指します.中学・高校の教科書で取り上げられるなど電気分解の代表的な例として知られています.自宅でも手軽にできる化学実験の一つですが、有毒な塩素ガスが生成するのでおすすめはしません.
そんな食塩水の電気分解ですが、教材として使われるだけでなく、現役バリバリで工業的に大活躍している手法です.
食塩水の電気分解からは、主に塩素ガス()と水酸化ナトリウム()水溶液(苛性ソーダ)が得られます.化学工業で必須で汎用的な試薬であり、医薬品、洗剤、殺菌剤、除草剤などに使用されます.
どちらも生産量は極めて多く、全化学物質の中でもトップ10に入ります.
あまり関連性のない物質に見えますが、どちらも食塩水の電気分解から等しい量が生産されるので、地球上には塩素ガスと水酸化ナトリウム水溶液はほぼ等しい量が存在しています(多分).
食塩水の電気分解方法の具体例
電気分解に必要なものは、二本の電極と外部電源、そして電気分解したい物質(食塩水)です.
食塩の構成物質である塩化ナトリウム()は、海水あるいは岩塩として地球上に豊富に存在します.電極は酸化されにくく電気を流しやすい物質であれば何でもいいですが、教科書では白金()か炭素棒が使用されます.今回は白金を使用します.
食塩水に電極を二本挿せば準備万端です.典型的な電気分解の模式図を示します.十分な電圧をかけると何が起こるでしょうか.
まず、現在の状況を確認します.
溶液中にある化学種は、塩化ナトリウム由来のと(水中なので完全に電離)、および水溶液由来のです.場合によっては電極も反応に寄与します.電圧をかけた時、二本の電極では酸化反応と還元反応がそれぞれ起こり、最も酸化(還元)されやすいものが反応します.
酸化(還元)しやすい化学種は、標準電極電位を見て判断するのでした.標準電極電位が負に大きければ酸化されやすく、正に大きければ還元されやすいといえます.
カソードでの反応
では、それぞれの電極でどの反応が起こるかを確認します.電源のマイナス極につながったカソードでは還元反応が起こります.
考えうる還元反応は以下の2つです.
の電極電位は負に大きいため起こらず、の還元が起こり、水素が発生します.
アノードでの反応
一方、電源のプラス極につながったアノードではとで酸化されやすい方が酸化されます.
対応する反応式は、
さて、標準電極電位の値を見ると「酸素の方が還元されにくい=水のほうが酸化されやすい」となり、アノードでは塩素ではなく酸素が発生することになってしまいます.
しかし、実際には実験室でも工場でも食塩水を電気分解すると塩素ガスが発生します.どうしてこのような違いが起こるのでしょうか.
実は、電気分解は標準電極電位の値通りには進まず、十分に反応を進行させるには余分な電圧(過電圧)が必要となります.
水の酸化による酸素の発生は、関わる化学種が多い上に4電子が絡む複雑な反応であることから過電圧が大きいです.一方、塩素発生の反応の過電圧は小さいため、実際の反応条件では塩化物イオンの酸化反応が優先的に起こります.
全体の反応
かくして、食塩水の電気分解では各電極で以下の反応が起こります.
ナトリウムイオンも考慮すれば、
電気分解に最低限必要な電圧は、
となります.
なお、過電圧の影響から、実際はもっと大きな電圧が必要になります.こうして、電極反応から塩素ガスを生成することができました.
もう一つの反応
さらに副産物があります.
カソードではが生成する上に、電源のマイナス極に引き付けられてが集まるため、電極付近に水酸化ナトリウム水溶液が生成しています.
ただし、現在の電気分解セルのままではが不純物として混じってしまうので低濃度の水酸化ナトリウム水溶液しかできません.そのため、実際の運用では2つの電極を陽イオン交換膜で仕切り、がカソード付近に入り込まないようにします.
こうして最終的に、食塩水の電気分解から塩素ガスと水酸化ナトリウム水溶液が得られます.
参考文献
Electrochemistry Encyclopedia -- Brine electrolysis
化 学 と教育44 巻10号(1996 年 )