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異常ホール効果、量子ホール効果、スピンホール効果…:とりあえずホール効果って名前つけとけばいいかの精神

更新 2024-2-25

ホール効果(Hall Effect)と仲間たち

電気を流す物質を導体と呼びます.電場をかけた導体中で、荷電粒子(電子、正孔など)は試料の形に沿ってまっすぐ運動しますが、磁場中では様子が異なります.

磁場中で運動する荷電粒子はローレンツ力による影響を受け、軌道が曲がります.ローレンツ力は以下の式で表され、磁場とも電流とも垂直な方向に働き、キャリアの符号によって異なる向きに働きます.

   \boldsymbol{F} = q(\boldsymbol{E + v×B})

軌道の曲がった荷電粒子は試料の一方の端に蓄積し、電流の経路に垂直な方向に電位差が生じます.この現象をホール効果と呼びます.

ホール効果によって生まれる起電力は磁場の大きさに比例し、キャリアの符号によって電位差の方向が異なります.ホール抵抗率( ρ_H)は横磁気抵抗率とも言われ、以下の式で表されます.

   ρ_H = R_0B

このとき、ホール係数 R_0は次の式で表すことができ、ホール効果の測定により材料のキャリア濃度や符号を決定することが可能です.

     R_0 = \dfrac{1}{ne}

ホール効果自体の説明は別記事に譲るとして、世の中にはホール効果によく似た現象が数多くあります.すなわち、運動する荷電粒子に対し、運動方向に垂直な方向に何か(電荷、熱など)が蓄積する現象です.これらの現象はホール効果と関連付けられ、〇〇ホール効果と呼ばれる場合が多いです.

例えば、磁場のない状態でもホール効果と同じ現象が起こる異常ホール効果、電荷の代わりにスピン流が曲がるスピンホール効果、ホール伝導率が特定の値に固定されてしまう量子ホール効果など様々なものが挙げられます.

異常ホール効果(Anomalous Hall effect)

磁石をはじめとした強磁性体に対しホール効果の測定を行うと、想定よりも大きなホール抵抗の値を示します.

実験的に、ホール抵抗率には磁化 Mに比例する成分が現れることが分かり、このとき観測されるホール抵抗率は以下の式のように与えられます.

   ρ_H = R_0B + 4πR_sM

ここで、 R_0 は通常のホール係数、 R_s は異常ホール係数です.

一見すると、物質内部の磁化が外部磁場の代わりをしてホール効果を起こしているようですが、実際はそれほど単純ではないようです.内部磁場がこの効果を起こすには値が小さすぎるため、他の説明方法が考えられました.

異常ホール効果については、KarplusとLuttingerによる内因機構による説明、スピン軌道相互作用によるスキュー散乱とサイドジャンプが原因であるとする外因機構に基づく説明がなされています.

一方で、近年では物質内の特殊なバンド構造(ベリー曲率)に基づいて異常ホール効果が理解されるようになりました.

従来、大きな異常ホール効果を示すためには大きな磁化を持つ強磁性体が必要とされていましたが、うまくバンド構造をセッティングできれば必ずしもその必要はなく、実際に磁化の小さな反強磁性体において大きな異常ホール効果が発見されました.

量子ホール効果(Quantum Hall effect)

半導体を接合した界面などを利用することで、電子が平面のみに運動可能な二次元電子状態が実現可能です.

この平面に垂直に磁場をかけると、電子はどのように運動するでしょうか.三次元でも二次元でも電子の運動方向は一直線であるので、三次元系と変わらないような気もします.

ところが、強磁場・低温の条件でホール抵抗を調べると、その値がある定数の整数倍の領域で一定値をとることがわかりました.

   ρ_H = N\dfrac{h}{e^2}

ここで hプランク定数であり、光のエネルギーや量子力学的な系を扱う際に顔を出す基本的な定数です. \dfrac{h}{e^2}は発見者の名前を取りvon Klitzing定数と呼ばれます.

量子ホール効果から実験的に求まる定数値はあまりにも正確で、10桁以上の精度が確かめられています.1990年から電気抵抗の国際標準として用いられているほか、プランク定数を正確に定義することで、キログラム(kg)の国際標準の改定につながりました.

なお、量子ホール効果を発見したKlaus von Klitzingは1985年のノーベル物理学賞を受賞しています.

また、後に超高純度の試料を用いた測定により、ホール抵抗がvon Klitzing定数の分数倍に現れる、分数量子ホール効果も発見されました.やはりノーベル物理学賞の対象となり、1998年にHorst Ludwig Störmerらが受賞しました.

量子異常ホール効果(Anomaous quantum Hall effect

上記の2つの効果を組み合わせた効果です.

なんとなく想像がつくと思いますが、外部磁場が必要な量子ホール効果に対して、磁性体を用いることで無磁場でもホール効果が発生し、ホール抵抗値が量子化されるという現象です.

散逸なしに電流が流れるため、低消費デバイスとしての応用が期待されています.

スピンホール効果(Spin Hall effect)

電子には上向きと下向きの2つの状態がありますが、通常の導体中の電子のスピンには方向性がなくランダムな方向を向いています.スピンの向きによって電子の移動する方向が異なるとき、そのような流れをスピン流と呼びます.

上向きのスピンが右に、下向きのスピンが左側に移動したとき、スピン流が右から左(定義によっては左から右)に生じています.

スピンホール効果はスピン流に働くホール効果…ではありませんが、類似した現象です.

導体に通常通り電流を流すとき、上向きスピンと下向きスピンが同数流れるのでスピン流はゼロです.しかし、電流が流れるときに電子は進行方向に向かって直交する方向に曲げられ、この際、スピンの向きによって移動する方向が逆向きになります.これにより、電流と垂直な方向に上向きスピンと下向きスピンの逆向きの流れが生じます.

この流れは電荷の流れを伴わない純粋なスピン流です.電流と垂直方向に別の流れが観測されることから、ホール効果と関連させてスピンホール効果と呼ばれます.

この現象はスピン軌道相互作用と呼ばれるメカニズムに基づき、\rm{Pt}などの重元素において顕著に見られます.逆にスピン流の発生により、スピン流に直交する向きに電流が流れる現象を逆スピンホール効果と呼びます.

量子スピンホール効果(Quantum Spin Hall effect)

お察しの通り、スピンホール効果と量子ホール効果が組み合わさったものです.量子ホール効果のスピン版であり、スピンホール伝導度が量子化します.グラフェンや半導体\rm{HgTe、Bi}合金などの系で理論的に予測・実験的に観測されています.

トポロジカルホール効果(Topological Hall effect)

異常ホール効果の発見以来、理論的な解明が進み、磁性体のホール抵抗率の振る舞いが予測できるようになっていきました.

理論によればホール抵抗率は磁化に比例しますが、物質の中には理論的に予測される振る舞いから外れるようなものもありました.特殊な磁気構造を持つ磁性体(パイロクロア化合物、カゴメ格子を持つ物質)では理論からのズレが顕著です.

これらの系での異常ホール効果を説明するため、物質中で空間的に変化する磁化に電子スピンが影響を受けることで獲得するベリー位相に基づくメカニズムが提案されました.この効果が磁化テクスチャのトポロジーに起因することから、トポロジカルホール効果と呼ばれます.

詳しい説明は筆者の手に余りますが、この効果の影響によって磁化をほとんど持たないにも関わらず巨大な異常ホール効果を示す物質が見つかっています.

ネルンスト効果(Nernst effect)

今までは導体に電場をかけ、電流を流すことによって種々のホール効果が見られました.一方、導体に温度差をかけることによっても電流が流れることがあります.

温度の高いほうがキャリアの運動エネルギーが大きいため、温度の低い方へキャリアが拡散することによって電流が生じます.

ネルンスト効果は、ホール効果の温度差をかけたバージョンです.

すなわち、導体に磁場をかけ、磁場と垂直な方向に温度差をかけると、両者に垂直な方向に電位差が生まれる現象です.熱電効果の一種であり、温度差の方向の電位差にのみ着目したゼーベック効果とも類似しています.ゼーベック効果と比べると、生じる電位差は比較的小さいです.

なお、大方の予想通り、磁場のない状態で磁性体がネルンスト効果を起こす異常ネルンスト効果も知られています.

ゼーベック効果を用いた一般的な熱電デバイスよりもコンパクトにデバイスを組み立てることが可能であることから注目されていますが、まだ性能が低いので研究の進展を待つ必要があります.

熱ホール効果(Themal Hall effect, Righi–Leduc effect)

ネルンスト効果の説明で「ホール効果の温度差をかけたバージョンです」と言ったばかりなのに、「熱ホール効果」は何が違うのでしょうか.

ネルンスト効果では温度差と磁場に対して垂直な方向に電位差が生じましたが、熱ホール効果では温度差と磁場に垂直な方向に温度差が現れます.まさに、熱のホール効果です.

熱流は格子振動(フォノン)のほか、電子によっても運ばれます.電子は磁場によって曲がるので、ホール効果(ネルンスト効果)と同時に熱ホール効果が起こるのは自然なことです(自明ではありません).

熱は、電子キャリアの殆どない絶縁体においても流れますが、この場合の熱流はフォノンによって運ばれます.この場合、電荷がないので熱流が曲がる理由はないように思いますが、実際には絶縁体でも熱ホール効果が観測されています(フォノンホール効果).トポロジカルホール効果と同様に物質内の特殊な電子構造に基づいて起こるようです.

多原子ガスでは、中性粒子に対して類似の熱ホール効果が観測されており「Senftleben–Beenakker効果」と呼ばれます.

スピンネルンスト効果(Spin Nernst effect)

スピンホール効果とネルンスト効果を組み合わせた現象です.

磁性体に温度差をかけることでスピン流が生まれる(スピンゼーベック効果)ことが知られていますが、重元素を含む常磁性体に温度差をかけると、温度勾配と直交する方向にスピン流が生じます.これをスピンネルンスト効果と呼びます.

すなわち、スピンホール効果で電場をかける代わりに温度差をかけ、熱流によってスピン流を生成する方法です.

バレーホール効果(Valley Hall effect)

「バレーボール」ではありません.

グラフェンや\rm{MoS_2}などの二次元半導体では、電子構造を見た時に2種類の谷(バレー)が見られます.

2つの谷にある電子は、大きさは等しいが符号が反対の有効磁場を受けます.すなわち、半導体に電場をかけると、異なるバレーからの電子が電流に垂直な方向に互いに逆向きに移動するバレーホール効果と呼ばれる現象が起こります.

バレーホール効果はスピンホール効果によく似ており、スピン偏極した電子をバレー偏極したキャリアに置き換えたものです.

まとめ

ホール効果の発見から100年以上が経ちました.

以上で見てきたように、ホール効果に類似した現象がこれまでに数多く発見されています.キャリアが予想される経路と垂直な方向に移動する現象は全てホール効果の仲間とされているようで、ネルンスト効果を除いてホール効果の名前がつけられています.

ローレンツ効果で直感的な理解が可能なホール効果に対して、直感的には全く理解出来ない複雑な起源を保つ効果も多いです.次に見つかるホール効果はどのような現象でしょうか.

参考文献

ホール効果全般

まてりあ 2009 年 48 巻 2 号 p. 55-60

化学教育 1966 年 14 巻 4 号 p. 378-380

日本物理学会誌 1971 年 26 巻 1 号 p. 48-58

異常ホール効果

まてりあ 2009 年 48 巻 2 号 p. 55-60

Journal of the Physical Society of Japan, 2006, 75.4: 042001-042001.

まぐね 2013 年 8 巻 1 号 p. 1-12

1. トポロジカル量子物性と量子伝導 | 中辻・酒井研究室- 東京大学

量子ホール効果

化学と教育 2019 年 67 巻 5 号 p. 224-227

素粒子論研究 1988 年 77 巻 1 号 p. 1-8

スピンホール効果

応用物理 2008 年 77 巻 7 号 p. 836-840

トポロジカルホール効果

https://sundoc.bibliothek.uni-halle.de/diss-online/07/07H039/t8.pdf

熱ホール効果

スピンによる熱流が磁場で曲がるメカニズムを解明 | 物性研究所

バレーホール効果

Science, 2014, 344.6191: 1489-1492.