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固体電解質(イオン伝導体):電子ではなくイオンが流れる材料

更新 2024-3-3

固体電解質(固体イオン伝導体、固体イオン導電体)

物質は電子と原子核から構成されています.原子核は電子に比べると桁違いに重く、それゆえ構造を支える土台としての役割を担います.通常の原子では原子核と電子の数が等しいので正味の電荷はゼロですが、電子数の増減によってイオンとなります.イオンは電荷を持つので外部電場に応答することができます.

希硫酸や食塩水などの溶液中ではイオンが溶媒中を漂っています.溶液中ではイオン同士を束縛する力は弱いので、イオン性溶液に電場をかけるとイオンが電場の方向に移動します.このようにイオンが電荷の担い手(キャリア)となる現象をイオン伝導(イオン導電、電解導電)と呼びます.溶媒に溶かした時に溶液がイオン伝導性を示すような物質を電解質と呼び、多くの塩が該当します.

固体中では、原子やイオンが土台となって構造を支えており、イオンが勝手に動くことは許されません.土台が動いてしまったら物質が崩れてしまうので当然のことです.一方、電子は大きさをほぼ無視できるので、物質によっては原子から原子へと移動することができます.一般に「導体」と言った際は、電子が流れることのできる物質を指します.

ところが、固体であってもイオンが流れることのできる物質が存在します.それどころか、物質によっては溶液よりも高いイオン伝導度を示します.このような材料は固体電解質(イオン伝導体、イオン導電体)と呼ばれ、化学センサや燃料電池、最近では全固体電池の材料として産業上で大きな存在感を発揮しています.

今回は、固体であるにもかかわらずイオンが流れる不思議な物質、固体電解質について見ていきます.

固体電解質の発見

固体電解質のはじまりは、19世紀のMichael Faradayの時代に遡ります.Faradayは電気化学の創始者の一人であり、「カチオン、アニオン、電極、電解質、カソード、アノード」などの用語を提唱した人物でもあります.固体電解質の発見はFaradayの膨大な業績のうちの一つにすぎませんが、今日のイオニクスを創始する重要な出来事でした.

1830年頃、Faradayの手によって最初の固体電解質として見出された物質は、硫化銀( \rm{Ag_2S})とフッ化鉛( \rm{PbF_2}です.その後、電気化学分野の発展を経た1880年頃、Nernstは酸化ジルコニウム( \rm{ZrO_2})と酸化イットリウム( \rm{Y_2O_3})の固溶体においてイオンが伝導することを発見しました.当時はまだ電子や原子核も知られていない時代であり、実際に何が伝導種であるかは分かっていませんでした.

1910年頃に発見された \rm{α\text{-}AgI}は代表的な固体電解質とされます. \rm{α\text{-}AgI}の伝導度は150℃以上で常温より3桁も向上します. \rm{α\text{-}AgI}では \rm{Ag}イオンが伝導しており、 \rm{AgCl} \rm{AgBr}においても同様の現象が観測されました.

その後の100年間をかけて多種多様な固体電解質が発見されました.伝導イオンの種類も増え、 \rm{Ag}イオンの他にも、 \rm{Cu}イオン、 \rm{Li}イオン、 \rm{Na}イオン、 \rm{K}イオン、 \rm{Mg}イオン、 \rm{Zn}イオン、 \rm{Al}イオン、酸素陰イオン、水素イオン(プロトン、ヒドリド)などの伝導種が見つかっています.

固体電解質のメカニズム

前述の通り、固体中ではイオンは構造の土台であり勝手に動かすと構造が崩れてしまいます.しかも、イオン結晶ではイオンが極めて密に詰まっておりイオン結合によって束縛されているので、電場をかけてもイオンは動きそうにありません.実際、 \rm{NaCl}をはじめとしたイオン結晶の大部分はイオン伝導を示さない絶縁体です.

一方で、温度を上げていくとイオンの熱振動が活発になり、イオンが部分的に束縛を解かれて構造中に隙間が生じます.高温では、この隙間を通してイオンの伝導が可能となりイオン伝導度が向上します.このように、イオンを伝導させるためには構造中に「隙間」が必要となります.

結晶中に隙間を導入する方法として、物質の組成を制御して空サイトを作る方法が考えられます.例えば、酸化ジルコニウム( \rm{ZrO_2})は4価の \rm{Zr}イオンを含みますが、この一部を3価の \rm{Y}イオンで置き換えます. \rm{Y} \rm{Zr}の一部を置換しますが価数が小さいので、その分イオン結合可能な酸素イオンの数も少なくなります.すなわち、 \rm{Y}の置換量に応じて結晶中に空サイト(隙間)が生まれ、ここを通じて酸素イオンが流れることができます.この固溶体YSZは現在でも酸素イオン伝導体の典型例として知られています.

また、伝導するイオンを過剰に導入することも一つの手段です.過剰となったイオン種は結晶の空いているスペース(格子間サイト)に収納されます.この過剰なイオンが電場に引かれ、格子間サイトを順番に移動することによりイオン伝導を示します. \rm{La_2NiO_4}では、格子間サイトがペロブスカイト層の層間を二次元的に伝導します.

あるいは、わざわざ空サイトを作ったり過剰なイオンを導入しなくても、結晶中に元からイオンが伝導可能な隙間がある場合もあります. \rm{AgI}が高温で非常に高い伝導度を示すことは前項にも書きましたが、この高温相では \rm{I}が体心立方格子を作り、 \rm{Ag}がその隙間に位置しています. \rm{Ag}はなんと42箇所ものサイトに統計的に分布しており、これらのサイトを順々に経由することで効率的にイオンが伝導します.組成を最適化した \rm{RbAg_4I_5}は現在でもあらゆる固体電解質の中で最大のイオン伝導度を示します.

 \rm{AgI}と同様の機構によって非常に高い伝導度を示す伝導体は超イオン伝導体(超イオン導電体、高イオン伝導体)と呼ばれます.超イオン伝導体の伝導度は溶液に匹敵し、伝導度が温度によってほとんど変化しません.なお、「超」を冠しますが「超伝導体」とは特に関係がありませんし、ゼロ抵抗ではありません.

また、いくらイオンが移動する先の空サイトがあっても、そこにたどり着くまでの経路が狭すぎるとイオンは移動できません.イオンが別のサイトに移動するために通らなくてはならない最小の隙間をボトルネックと呼び、伝導度を高めるためにはボトルネックを大きくする必要があります.

物質によってイオンの伝導が容易な方向は異なり、伝導の次元性に応じて一次元伝導体、二次元伝導体、三次元伝導体と呼ばれます.通りうる経路が多い分、三次元伝導体のほうが伝導度が上がりそうですが、そうでもなく低次元伝導体においても高い伝導度が報告されています.

固体電解質の種類と応用例

固体電解質は物質によって伝導するイオン種が異なり、イオン種が異なれば伝導メカニズムや応用先の分野が異なります. \rm{Ag}イオン、 \rm{Cu}イオン、プロトン、 \rm{Li}イオン、 \rm{Na}イオン、 \rm{K}イオンのような1価数の陽イオン、 \rm{Mg}イオン、 \rm{Zn}イオン、 \rm{Al}イオンのような2価以上の陽イオン、酸素陰イオン、水素イオン、フッ素イオン、塩素イオンのような陰イオンが伝導種として知られています.

高い価数を持つイオンのほうが一般に動きにくいとされており、最も高い伝導度を示すイオン種は1価のものが主です.また、イオン半径の小さいイオンのほうが軽く動きやすいと考えられます.

以下ではその代表的な例を示します.

陽イオンの伝導体

プロトン伝導体

プロトン(\rm{H^+}は水由来で供給されるケースが多く、水和物などは結晶中に含まれる水の位置をたどった伝導経路を示します.一方、こうした結晶水は高温で蒸発してしまうのでプロトン伝導が起こらなくなります.

結晶中に水が入り込める隙間のある酸化物材料は、水蒸気雰囲気で加熱することにより水を構造中に取り込み、プロトン伝導を示します. \rm{BaZrO_3} \rm{BaCeO_3}などのペロブスカイト酸化物がその代表例です. \rm{Zr^{4+}} \rm{Ce^{4+}}の占めるサイトを3価の \rm{Y^{3+}} \rm{Sc^{3+}}で置き換えることで構造中に酸素の隙間を導入することで高いプロトン伝導度を示すようになります.

これらのプロトン伝導体は、燃料電池の電解質や水蒸気センサなどの分野で使用されます.

リチウムイオン伝導体

今をときめくリチウムイオン電池で使用されるイオン伝導体です.有名な \rm{LiCoO_2}は正極材料として使用されており、 \rm{Li}イオン伝導および電子伝導を示します.

固体で液体に匹敵する伝導度を示す \rm{Li}イオン伝導体の選択肢がなかったため、商用のリチウムイオン電池の電解質にはイオン液体が使用されてきました.近年では、溶液を凌駕する性能の固体電解質が見つかりつつあり、溶液を使用しない全固体電池が完成間近です.

ナトリウムをはじめとしたアルカリ金属イオン伝導体

リチウムイオン電池は市場を席巻していますが、リチウムは希少な金属であることから代替となる電池の開発も並行して行われています.

周期表で \rm{Li}の下に位置するアルカリ金属は絶好のターゲットです.特に \rm{Na} \rm{K}は資源的にも豊富です.幸いなことに、 \rm{Na}イオンでは優れた固体電解質が発見されており、NASICONや \rm{β-Al_2O_3}がその代表例です.重アルカリ金属である \rm{Rb} \rm{Cs}が伝導する材料も考えられますが、希少で高価であることから用途は限定的なものになりそうです.

銀、銅イオン伝導体

上述のとおり、 \rm{Ag}イオンは最初期に発見された固体電解質です. \rm{AgI}を出発点にしてありとあらゆる置換体が研究し尽くされ、最終的にたどり着いた \rm{RbAg_4I_5}は常温で0.2S/cmと、水溶液電解質に匹敵する伝導率を示します. \rm{Cu}イオンに関しても、さらに複雑な組成を持つ \rm{Rb_4Cu_{16}I_7Cl_{13}}において常温で0.2S/cmという、あらゆる固体電解質で最高クラスの伝導度が報告されています.

アルカリ土類金属やより高価数の金属イオン伝導体

2価のアルカリ土類金属や \rm{Zn}、3価のアルミニウムなどもイオン伝導性を示しますが、1価のアルカリ金属等と比べると伝導度は落ちます.その分、高価数のイオンを用いる電池は高いエネルギー密度を持つことが可能であるため、研究は盛んに行われています.

陰イオンの伝導体

酸素イオン伝導体

酸素イオンが流れる固体電解質としては、前述の通り酸化ジルコニウム( \rm{ZrO_2})と酸化イットリウム( \rm{Y_2O_3})の固溶体であるYSZが特に有名です.YSZはイオン伝導度に優れるだけでなく極めて化学的に安定なことが特徴です.YSZと同じく蛍石型構造を持つ \rm{CeO_2-Gd_2O_3}も有名です. \rm{Bi} \rm{V}を含む一連の酸化物BIMEVOX、ペロブスカイト型酸化物 \rm{(La,Sr)(Ga,Mg)O_3}および \rm{(Na,Bi)TiO_3} \rm{La_2Mo_2O_9}(LAMOX)、六方ペロブスカイト関連酸化物 \rm{Ba_3MoNbO_{8.5}}および \rm{Ba_7Nb_4MoO_{20}}などの材料が知られています.

酸素イオン伝導体の主たる応用先は燃料電池です.燃料電池とは、燃料ガスおよび空気から発電が可能な電気化学デバイスであり、エネルギー効率に優れることが特徴です.純粋な酸素イオン伝導体は固体酸化物系燃料電池(SOFC)の電解質として使用されます.その他、酸素ガスセンサとしての用途もあります.

フッ素イオン伝導体

フッ素は酸素と比べて価数が低く、酸素イオンよりも高速で伝導します. \rm{PbF_2}は最初に発見されたイオン伝導体の一つですが、組成を最適化した \rm{PbSnF_4}は現在でもあらゆるイオン伝導体で最高クラスのイオン伝導度を示します.その他にも \rm{BaF_2} \rm{LaF_3}などを含め、フッ素イオン伝導体はフッ素ガスセンサやフッ素イオン電池の材料として使用されています.

塩素、臭素、ヨウ素イオン伝導体

塩素などの重ハロゲン元素はイオン半径が大きく重いため動きにくそうですが、適当な結晶構造においては高いイオン伝導度を示します. \rm{LaOCl} \rm{Cl}がファンデルワールス力により緩く束縛されており、塩素に空サイトを導入することで伝導度が飛躍的に向上します.同様のコンセプトに基づき、 \rm{Br}および \rm{I}のイオン伝導体が開発されています.

ヒドリド伝導体

水素イオンは通常正の電荷を持つプロトン( \rm{H^+})となりますが、特定の状況では負の電荷を持つヒドリド( \rm{H^-}となります.ヒドリドを含む物質は希少かつ安定性が低いため伝導性の確認はされていませんでしたが、2010年代に \rm{BaH_2}において伝導性が確認されました.その後、酸素イオンとヒドリドが共存する酸水素化物において室温で高い伝導度を示す材料が発見されています.

まとめ

イオンは電子に比べると遥かに大きいため、伝導は容易でないように思えますが、適切な材料では非常に高いイオン伝導度を示します.イオン伝導体の最も有力な応用先は電池ですが、電池の開発当初はイオンが伝導を担っていることは分かっていませんでした.電気化学の発展とともにイオンが伝導することは当然の事実とみなされ、より高速でイオンが流れる材料の開発が進んでいます.

ところが、現在の電池の花形であるリチウムイオン電池では固体電解質が使用されていません.リチウムイオン電池が全固体電池となることで、固体電解質が日の目を見る展開になるのでしょうか.

参考文献

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