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Prof. R J Cavaの経歴を振り返る(1)

更新 2024-3-3

Prof. R J Cava

Prof. Robert Joseph Cavaをご存知でしょうか.物性物理・固体化学の研究に従事している人は、皆この名前を知っていると思います.アメリカのプリンストン大学で教鞭を執るCava先生は、物質科学領域に巨大な足跡を残しています.https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/9c/Professor_Robert_Cava_ForMemRS_%28cropped%29.jpg

画像はWikipediaより

いまいちピンときていない人も、以下の論文タイトルをみればどのような人物であるか分かるはずです.

A topological Dirac insulator in a quantum spin Hall phase
Nature, 2008, 452.7190: 970-974.

Bulk superconductivity at 91 K in single-phase oxygen-deficient perovskite Ba2YCu3O9−δ
Physical Review Letters, 1987, 58.16: 1676.

Superconductivity near 30 K without copper: the Ba0.6K0.4BiO3 perovskite
Nature, 1988, 332.6167: 814-816.

Observation of unconventional quantum spin textures in topological insulators
Science, 2009, 323.5916: 919-922.

Large, non-saturating magnetoresistance in WTe2
Nature, 2014, 514.7521: 205-208.

Ultrahigh mobility and giant magnetoresistance in the Dirac semimetal Cd3As2
Nature materials, 2015, 14.3: 280-284.

Experimental realization of a three-dimensional Dirac semimetal
Physical review letters, 2014, 113.2: 027603.

Superconductivity in the quaternary intermetallic compounds LnNi2B2C
Nature, 1994, 367.6460: 252-253.

一つも知らない人はいないでしょう.物質科学の金字塔である論文ばかりです.もちろん、これ以外にも輝かしい成果が山のように報告されています.2023年現在、論文の総引用数は12万を超え、h-indexは160を超えています.

現在のCava先生の研究分野は超伝導、トポロジカル材料、磁気抵抗、スピン液体、二次元磁性体、ハイエントロピー合金と非常に多岐にわたります.また、扱っている物質群も酸化物や金属間化合物など多様であり、特にこだわりがあるような感じもしません.物性・物質群を問わずに非常に大きな成果を立て続けに出しています.

では、その源流は何なのでしょうか.一流の研究者の源流を知れば、一流になるための糸口がつかめるかもしれません.世界の名だたる研究者の中から、今回はR. J. Cava先生に注目して、現在に至るまでの系譜を紐解きます.

略歴

研究室の本人のページに略歴があります.

Following training in materials science and engineering, Prof. Cava received a Ph.D. in ceramics from MIT in 1978. After a one-year National Research Council postdoctoral fellowship with the National Bureau of Standards, he joined Bell Labs in 1979 and was made distinguished member of the technical staff in 1985. He has been a member of the chemistry faculty and the Materials Institute at Princeton since 1996. His specific research interests lie in the structure, characterization, and synthesis of new intermetallic and transition-metal oxide compounds with unusual electronic and magnetic properties. He also studies high-temperature superconductors, transparent conducting materials, dielectrics, and thermoelectrics, working to improve understanding of the quantum-level physics that gives these materials their special properties.

経歴部分だけを訳すと以下のようになります.

1978年にマサチューセッツ工科大学(MIT)でセラミックの博士号を取得した後、National Bureau of Standards(NBS、現在のNIST)で1年間のポスドクを経て、1979年にベル研究所に入所しました.そして、1996年よりプリンストン大学化学部および材料研究所のメンバーとなりました.

主な研究テーマは、「特異な電子・磁気特性を持つ新しい金属間化合物や遷移金属酸化物の構造、特性、合成」とされています.高温超伝導体、透明導電材料、誘電体、熱電材料についても研究し、これらの材料に特殊な特性を与えている量子レベルの物理の理解を深めることに努めていると述べられています.

 

また、以下のような学生とのエピソードも紹介されています.

学生A「私が一番好きなのは、中間試験のとき、彼がダース・ベイダーの格好をして、フード、マスク、そして荒い息づかいの録音をして入ってきたときです.」

生徒B「私が一番好きなCava先生の思い出は、金属学の講義のとき、彼が巨大なサムライ刀とカボチャを持ってきて、いきなりカボチャを真っ二つにしたときです.」

 

では、学生時代から現在までの期間でどのような研究を展開してきたのでしょうか.

学生時代(-1978)

Cava先生はMITで学位を取得しました.指導教員はBernhardt J. Wuensch教授です.現在ではトポロジカル材料や超伝導体など物性物理の権威であるCava先生ですが、学生時代の研究テーマはイオン伝導体でした.

 

イオン伝導体でした.

 

なんと、生粋の化学系テーマであるイオン伝導体が源流だったのです.確かにプリンストン大学のページやWikipediaには化学者(Chemist)であると書かれています.物性物理のイメージが付きまといながらも、ずっと化学の血が流れていたようです.

ちなみに、当時の代表(と思われる)論文は以下のものです.

Single-crystal neutron-diffraction study of AgI between 23 and 300 C
RJ Cava, F Reidinger, BJ Wuensch
Solid State Communications 24 (6), 411-416

当時は自由に使える人もあまりいなかったであろう中性子回折法を用いて、\rm{AgI}の結晶構造の温度変化を明らかにしています.\rm{AgI}は高温で非常に高い\rm{Ag}イオン伝導度を示す固体であり、当時は盛んに研究が行われていたようです.\rm{AgI}に関するこの論文は現在300近くの引用があります.

その他、\rm{Ag_2S}に関する論文もありますが、やはりイオン伝導体です.こちらも200報近い引用数があります.

Single-crystal neutron diffraction study of the fast-ion conductor β-Ag2S between 186 and 325 C
RJ Cava, F Reidinger, BJ Wuensch
Journal of Solid State Chemistry 31 (1), 69-80

この頃は論文数自体は多くありませんが、高被引用数の論文がちらほら見当たります.興味深いことに、この先Cava先生がイオン伝導体のテーマに取り組むことは二度とありませんでした(電池の研究は少しあります).

ポスドク・研究員時代(1978-)

NBSを経て、ベル研に移り論文数は加速度的に増加します.

何をキーワードに研究をしていたかは不明ですが、酸化物やカルコゲナイド(16族元素をアニオンとして含む物質)において新物質開発を行っていたように見えます.

酸化物においては、アルカリ金属を用いた物質に関する研究が目立ちます.おそらくアルカリ金属をホストの酸化物に挿入する反応(インターカレーション反応)のうまい方法を見つけ、それを様々な系に適用したのではないかと思われます.

現在ではリチウムイオン電池の負極材料として知られる\rm{Ti-Nb}系酸化物のほか、\rm{LiReO_3}\rm{LiTi_2O_4}\rm{LiMoO_2}\rm{Li_2FeV_3O_8}などが報告されています.また、アルカリ金属酸化物つながりで、ブロンズ系酸化物にも手を出しています.

Lithium insertion in Wadsley‐Roth phases based on niobium oxide
RJ Cava, DW Murphy, SM Zahurak
Journal of the electrochemical society, 1983, 130.12: 2345.

The crystal structures of the lithium-inserted metal oxides Li0.5TiO2 anatase, LiTi2O4 spinel, and Li2Ti2O4
RJ Cava, DW Murphy, S Zahurak, A Santoro, RS Roth
Journal of Solid State Chemistry, 1984, 53.1: 64-75.

Dielectric response of the charge-density wave in K0.3MoO3
RJ Cava, RM Fleming, P Littlewood, Edward A Rietman, L Fl Schneemeyer, RG Dunn
Physical Review B, 1984, 30.6: 3228.

一方、カルコゲナイドでは電荷密度波を示す材料に興味を持っていたようで、\rm{CuV_2S_4}\rm{TaS_3}\rm{FeNb_3Se_{10}}などへの研究があります.また、カルコゲナイドにもアルカリ金属のインターカレーション反応を行っています.

FeNb3Se10: A new structure type related to NbSe3
RJ Cava, VL Himes, AD Mighell, RS Roth
Physical Review B, 1981, 24.6: 3634.

Low-frequency dielectric response of the charge-density wave in orthorhombic TaS3
RJ Cava, RM Fleming, RG Dunn, EA Rietman
Physical Review B, 1985, 31.12: 8325.

Low-frequency dielectric response of the charge-density wave in (TaSe4)2I
RJ Cava, P Littlewood, RM Fleming, RG Dunn, EA Rietman
Physical Review B, 1986, 33.4: 2439.

現在でも多く引用されている論文がちらほらあり、既に一流の材料科学者の片鱗を見せています.筆頭著者論文の数もかなり多いですが、まだ常識的に考えうる範疇です.

しかし、Cava先生をスターダムに押し上げる出来事は次のステージで起こります.革命の足音が近づいてきていました.

 

1986年、それは銅酸化物高温超伝導時代の始まり…

次回は、銅酸化物の発見以降のCava先生の足跡をまとめています.

参考文献

本文中に記載

Robert Cava - Wikipedia

Professor Robert J. Cava | Cava Lab

R.J. Cava