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エリンガム図:金属の単体を得るために必要な情報

更新 2024-2-23

エリンガム図(Ellingham diagram)

ある元素と温度と雰囲気を与えたときにどのような物質が生成するでしょうか.

科学の発展した現代においても、実際に試してみるまではどんな物質ができるかは分かりません.勘と経験に頼るのも一つの手ですが、これまで積み上げられた科学知識の集積を活用するのも大事なことです.

エリンガム図は、ある温度と雰囲気を与えたときにどのような化合物が安定に存在するかの手がかりを与えます.

ある金属元素を考えたときに、空気中や二酸化炭素中、窒素中でどのような反応を起こすか、あるいは別の金属元素と共存するときにどの金属は酸化物になって、どの金属が単体まで還元されるかについての情報が得られます.

酸化物である鉱石から単体金属を得るために必要な温度・雰囲気が分かります.温度というパラメータがあることで、ラチマー図フロスト図とは得られる情報が異なります.

多くの情報を引き出せるエリンガム図ですが、見た目があまりに複雑な(ごちゃごちゃしてる)ことが初学者を遠ざける原因となっています.

今回は、そんなエリンガム図の成り立ちと読み取り方について見ていきます.

エリンガム図とその成り立ち

エリンガム図は1944年にイギリスの物理学者Harold Ellinghamによって提唱されました.エリンガム図では、縦軸に標準反応ギブズエネルギー横軸に温度をとります.まずは典型的なエリンガム図(上図)を見てみましょう.情報量が多くて大変ですが、たくさんの直線と反応式が書かれていることが分かります.

エリンガム図は、ある反応式のギブズエネルギー変化( ΔG)の温度依存性をプロットしたものです.

ある反応のギブズエネルギー変化( ΔGは、反応を起こす熱力学的な原動力の程度を示します. ΔGは以下の式によって表されます.

   ΔG = ΔH – TΔS

ここで、 ΔHはエンタルピー変化、 ΔSはエントロピー変化を示します.熱力学を未習だと困惑するかもしれませんが、それほど悩む必要はありません.

 ΔHは反応熱の程度を示します. ΔH負であれば発熱反応であり、正であれば吸熱反応です. ΔSは反応物に対する生成物の無秩序(ディスオーダー)の程度を示します.固体、液体、気体の順にエントロピーが大きくなります.そのため固体が気体になる反応ではエントロピーが大きく上昇します.

2つの項を合わせた ΔGは自由エネルギー変化であり、 ΔGが負であれば反応は矢印の方向に自発的に進みます.逆に ΔGが正であれば逆方向の反応が進みます.

エリンガムに描かれていること

以上の情報をもとにもう一度エリンガム図を見てみます.

もう縦軸( ΔG)に悩む必要はないでしょう. ΔH ΔSは通常、温度に依存しない定数です.そのため、 ΔGの変数は温度( T)だけとなり、温度に対して直線になります.ここで、 ΔHは切片、 ΔSは傾きを表します.

ただし、相転移が起きると ΔS(傾き)に変化が生じます.相転移点(融点、沸点)は黒丸で表してあります.

エリンガム図にプロットされる反応は金属の酸化反応が多く、そのギブズエネルギー変化( ΔG)の多くは負の値を示します.そのためエリンガム図では ΔG=0 を一番上に書き、 ΔG軸は負の値を使用します.酸化反応以外にもエリンガム図は適用できますが、酸化反応のエリンガム図が最もよく使用されます.

属の酸化反応の例を挙げましょう.

   \rm{4Cr + 3O_2 → 2Cr_2O_3}

   \rm{2Mn + O_2 → 2MnO}

異なる反応の ΔGを比較する時、酸素の係数が異なると不便です.そのため、エリンガム図では下式のように酸素の係数を1に揃えてからプロットします.

   \rm{\dfrac{4}{3}Cr + O_2 → \dfrac{2}{3}Cr_2O_3}

   \rm{2Mn + O_2 → 2MnO}

エリンガム図にプロットされている直線のほとんどは傾きが正であることに気付きますが、この理由はエントロピー変化( ΔS)を考えれば分かります.

上記の金属の酸化反応式を見て分かる通り、気体(O2)と固体(金属)が反応して固体(酸化物)が生成することが多いです.気体の方が固体よりもエントロピーがはるかに大きいので、エントロピー変化( ΔS)は負の値です.そのため、 ΔG = ΔH – TΔSをプロットしたときの傾きは正となります.

エリンガム図には、金属以外の元素の酸化反応もプロットされています.例として、
   \rm{C + O_2 → CO_2}   (1)
   \rm{2C + O_2 → 2CO}   (2)
   \rm{2H_2 + O_2 → 2H_2O}   (3)
これらの反応の ΔGをプロットしたときの傾きも、エントロピー変化から理解できます.

式(1)は反応前と反応後の気体の物質量が変わらないため傾きがゼロに近く、式(2)は反応で気体の物質量が増加するため傾きが負に、式(3)は反応で気体の物質量が減少するため傾きが正になります.

エリンガムから分かること(1)

グラフの下にあるほど、 ΔGが負に大きくなり酸化物が生成しやすくなります.実際、銅や銀などの錆びにくい金属はグラフの最上部に、酸化されやすいアルカリ金属等はグラフの最下部に位置します.ある金属の組み合わせを考えたときに、グラフの下にある反応が優先的に進みます.

例えば、 \rm{Fe} \rm{Al}の反応はどうでしょうか.全ての温度領域でAlの酸化反応の直線の方がグラフの下側にあるため、 \rm{Al}は酸化され、逆に \rm{Fe}は逆反応が進んで還元されます. \rm{Fe}の酸化物と \rm{Al}を混ぜて加熱することにより、 \rm{Fe}の単体が得られるわけです.

この反応を利用した手法がテルミット反応です.

また、 \rm{2C + O_2 → 2CO} の直線は傾きが負であるので、多くの金属の酸化反応直線と交差しています.このため、高温では多くの金属酸化物を金属に還元することが可能です.例えば、 \rm{C}は約1200 ℃以上で \rm{Cr_2O_3}を、1600 ℃を超えると \rm{SiO_2} \rm{TiO_2}などの安定性の高い酸化物も還元することができます.

このように、エリンガム図を活用することで、金属酸化物を単体金属に還元する条件が分かります.

ただし、 ΔGはあくまで熱力学的に有利な反応を判断するだけなので、反応の活性化エネルギーが大きい場合は反応は非常にゆっくりしたものとなります.

エリンガムから分かること(2)

主な使用方法は以上のとおりですが、エリンガム図には他にも機能があります.

図の右側にPO_2と書かれた目盛りがあります.これは、ある温度で金属の酸化反応が平衡になるときの酸素分圧を求めるために使用されます.もし酸素分圧が平衡分圧よりも大きければ反応は金属は酸化され、小さければ還元されます.

ある温度での平衡酸素分圧を求めるには、定規を使う必要があります.まず、ある金属の酸化反応の直線と目的の温度の交点を求めます.その点と図の左上にある「O」の点を直線で結び、PO_2の目盛りと交差する部分の酸素分圧が平衡分圧となります.

なぜこのような事が可能なのか考えてみます.質量作用の法則により、平衡状態において平衡定数 Kと標準反応ギブズエネルギー変化 ΔG^0には以下の関係が成り立ちます.
   ΔG^0 = -RT ln K

ここで、 ΔG^0は標準生成ギブスエネルギー、 Rは気体定数、 Tは温度、 Kは平衡定数です.平衡定数は、反応物と生成物の活量 aを用いて以下のように表されます.

   K = \frac{a_{MO}}{a_M PO_2}

気体の活量は酸素分圧を用いて表します.固体の活量は1とみなせるので、変数は酸素分圧だけになります.このため、ギブズエネルギー変化は酸素分圧の対数に対して直線となるわけです.

   ΔG^0 = -RT ln PO_2

この酸素分圧の求め方と同様にして、 \frac{CO}{CO_2}比や、 \frac{H_2}{H_2O}比なども求められます.

まとめ

エリンガム図は一見複雑ですが、構成要素は意外とシンプルです.金属がどの条件で酸化されるか、金属酸化物をどの条件で還元できるか、その際の酸素分圧は…など様々な情報を読み解くことができます.実際に合成をやってみると思った通りにいかないことばかりですが、少なくとも熱力学的に起こり得ない反応を起こそうとしてないか今一度確認してみることも重要かと思います.

参考文献

https://www.doitpoms.ac.uk/tlplib/ellingham_diagrams/interactive.php

https://web.mit.edu/2.813/www/readings/Ellingham_diagrams.pdf

The Ellingham Diagram | 2011-04-04 | Industrial Heating

Ellingham diagram - Wikipedia

 

シュライバー・アトキンス無機化学(上)第4版