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燃料電池:水素と酸素を直接電気に変換する技術

更新 2024-2-23

燃料電池(Fuel cell)

分子の化学結合には膨大なエネルギーが蓄えられています.このエネルギーをうまく利用できないでしょうか.

火力発電は、化石燃料の持つ化学エネルギーを利用した発電方式です.現在でも最も重要な発電方式ですが、何段階ものエネルギー変換を行うためにその過程でエネルギーロスが発生し、全体の変換効率が落ちます(変換効率は50%程度).有限の化石燃料を消費し、二酸化炭素を大量に排出することから、再生可能なエネルギー源を使用した発電方式への転換が進んでいます.

一方、燃料電池は、分子の化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換するエネルギー変換装置です.「電池」と名に付きますが電気を貯める機能はなく、燃料と酸素のガスを連続して供給する必要があることから見た目は火力発電に似てます.物質の化学エネルギーを、酸化還元反応を介して電気エネルギーに変換することから、通常の「電池」にも似ています.

燃料電池は、クリーンかつ高効率な発電を可能にし、家庭用・車載用への応用を目されるなど次世代のエネルギーとして注目されています.

今回は、長い歴史を持つ燃料電池の特徴とその応用、原理について見ていきます.

燃料電池のメリット

燃料電池の発電は、水の電気分解の逆反応によって行われます.

水の電気分解では、水に十分な電圧を加えることにより水が分解されて水素と酸素ガスが発生します.

2H2O+ 「電気エネルギー」 → 2H2 + O2

燃料電池はこの逆反応であるので、水素と酸素を電気化学反応させることで電気を作ります.

2H2 + O2 → 2H2O + 「電気エネルギー」

発電の原理は通常の乾電池によく似ている、というかほとんど同じです.ポイントは、酸化還元反応を行う物質が気体であるという点です.

通常の乾電池では化学エネルギーが装置内に封入されており、エネルギーを使い果たすと電気が発生しなくなります.一方、燃料電池では外部から燃料を補給し続けることにより半永久的な発電が可能です.

火力発電をはじめとした従来の発電方式では、エネルギー変換を繰り返すことにより効率が落ちます.一方、燃料電池では燃料の化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換することが可能であり、変換効率が高いです.また、燃料電池が発電する際に発生する熱を再利用することによって、さらにエネルギー効率を高くすることが可能です.

また、反応式を見てわかるように、水素を利用した燃料電池では発生する化学物質がだけです.燃料として多加水素を使用する場合もありますが、エネルギー変換効率が高いので、その場合でも二酸化炭素の発生量は抑えられます.また、タービンが回ることもないので静音性にも優れます.

燃料電池の発電単位は出力規模の小さいセルであり、小さい出力規模においても高い効率を示します.そのため、火力発電のように大型化するスケールメリットがないので、小規模での利用に向いています.

燃料電池の原理

燃料電池の種類は多岐に及びますが、例として固体酸化物燃料電池(SOFC)の原理を見ていきます.

全ての燃料電池に共通して、二本の電極と電解質、燃料と酸素ガスが必要です.電解質は電子を通さず、酸化物イオンのみを通すような酸化物材料です.

二本の電極は、燃料に接触する燃料極(アノード)と酸素ガスに接する空気極(カソード)に分けられます.

それぞれの電極では以下の半反応が起こります.

(反応)燃料極、アノード\rm{H_2 + O^{2-} → H_2O + 2e^-}
空気極、カソード\rm{O_2 + 4e^- → 2O^{2-}}

空気極で生成した酸化物イオン(\rm{O^{2-}})は電解質を通過し、燃料極で水素と反応して水を生成するとともに、電子を離します.電子は外部回路を通じて電力を供給し、空気極に戻って酸素と反応します.

電極での反応

空気極と燃料極では、酸素および燃料の解離反応が促進されるように金属触媒が付与されています.また、ガスとの反応性を高めるために表面積の大きい多孔質材料が使用されます.また、電子とイオンが生成することから、酸化物イオン伝導度と電子伝導度がともに高い材料が必要です.

空気極には、高い酸化物イオン伝導度を示す導電性セラミックスである多孔質のマンガン系酸化物が使用されます.空気極で酸素が電極触媒表面で解離した後、電極触媒中の電子と衝突することで、酸化物イオンが生成し電解質中へ移動します.

常温での酸化物イオン伝導度は低いため、通常は電解質の温度を1000℃近くまで上昇させて伝導度を高めた状態で使用します.電解質としては、安定性の高いイットリウム安定化ジルコニア(YSZ)が主に使用されます.

酸化物イオンは濃度勾配に従って燃料極に移動しますが、燃料極ではすでに燃料が触媒表面で解離して酸化物イオンを待ち構えており、反応して\rm{H_2O}を生成します.残った電子は、電極触媒を経て回路へ送り込まれます.

燃料極の材料は空気極と同じものを使用したいところですが、動作中は強い還元雰囲気になるため遷移金属の酸化物は金属まで還元されてしまいます.その心配がないように、燃料極では多孔質の金属ニッケルと YSZ の混合物が使用されます.

様々な燃料電池

燃料電池の原理は単純なため使用可能な材料の自由度が高く、電極、燃料、電解質の種類によって様々な燃料電池が発展してきました.以下では、その一例を紹介します.

固体高分子形燃料電池(PEFC)

PEFC では、電解質として高分子イオン交換膜を用います.高分子膜中を水素イオンが移動することによって動作し、作動温度はおよそ 80 ℃ です.運転温度が低いので常温から起動でき、小型軽量化が可能で高出力密度が得られます.

一方、動作温度が低いため空気極の反応性が低く、電極に高価な白金触媒を使用します.白金触媒は一酸化炭素によって被毒されるため、燃料中の一酸化炭素濃度をごく少量にする必要があります.

リン酸形燃料電池(PAFC)

PAFC では電解質としてリン酸水溶液(\rm{H_3PO_4})を用い、リン酸中を水素イオンが移動することによって動作します.

運転温度は 200℃ 程度と、PEFC ほどではないものの低いため、やはり白金触媒が必要になります.反応熱をコージェネレーションに使用することで燃料電池の効率を高めて使用されます.酸性の溶液を使用するため、リン酸に晒される部品の腐食が進みやすいという難点があります.

溶融炭酸塩形燃料電池(MCFC)

MCFC では、電解質として溶融状態の炭酸塩を用います.具体的には、炭酸リチウム(\rm{Li_2CO_3})と炭酸カリウム(\rm{K_2CO_3})、炭酸ナトリウム(\rm{Na_2CO_3})の混合塩が用いられます.

炭酸塩を溶解するために高温が必要であり、一般的には650℃程度の動作温度です.炭酸塩は炭酸イオン(\rm{CO_3^{2–}})の伝導体であり、炭酸イオンが移動することで動作します.

白金触媒を使用せず、一酸化炭素を水蒸気と反応させて水素と二酸化炭素に変換可能であるため、燃料として一酸化炭素を使用することが可能です.

固体酸化物燃料電池(SOFC)

上述のとおり、電解質としてセラミックスであるジルコニア(\rm{ZrO_2})にイットリア(\rm{Y_2O_3})を数%固溶させた材料(YSZ)が使用されます.4価の \rm{Zr^{4+}}に3価の\rm{Y^{3+}}を置換することで、結晶構造中に酸素欠損が導入され、イオン伝導度が上昇します.

SOFCは十分な酸化物イオン伝導度を確保するために 700~1000 ℃ という高い作動温度を必要とします.一方で、排熱を利用して発電機を動かすことにより高い発電効率が実現可能です.

また、白金触媒を使用せず、一酸化炭素を燃料に使用できます.一方で、動作温度が高温のため材料の選択肢が狭く、脆く壊れやすいという欠点もあります.

燃料電池の歴史

燃料電池の始まりは、19世紀に遡ります.

1838年、ウェールズの William Robert Grove が水素燃料電池の元型を発明しました.2枚の白金電極の一端を硫酸溶液に浸し、もう一端を酸素と水素が水とともに別々に密閉された容器に入れると、電極間に一定の電流が流れることを発見しました.Grove は、電流が流れるとガスが消費されるとともに、どちらの管も水位が上がることを発見し、これを「ガス電池」と名付けました.

同時期に、ドイツの化学者Christian Friedrich Schönbeinも燃料電池の開発を行いました.

1893年、Friedrich Wilhelm Ostwald は燃料電池に必要な要素(電極、電解質、酸化ガス、還元ガス)が相互にどのように作用しているかを明らかにしました.Grove の時代には、ガス電池は電極・電解質・ガスの接触部分で起こるとされていましたが、明らかでないことも多くありました.Ostwald は、燃料電池の物理・化学反応に関する実験を通じ、ガス電池の基礎を築きました.

1933年、Francis Thomas Bacon は、水素と酸素を使った初めての実用的な燃料電池を開発しました.この燃料電池は、電気化学的なプロセスによって空気と水素を直接電気に変換するものであり、現在最も発達しているアルカリ燃料電池の先駆けとなったものです.ベーコンの燃料電池は高価であるものの効率が高く、NASAの宇宙計画で人工衛星や宇宙カプセルの発電に使用されました.

その後、様々な種類の燃料電池が相次いで発明されました.

1961年には、G.V. Elmore と H.A. Tanner によってリン酸型燃料電池が発表されました.リン酸型燃料電池は純酸素ではなく空気で発電可能であり、半年間作動させても劣化しないことが確認されました.

1962 年、J. Weissbart と R. Ruka は、セラミック酸化物の電解質を用いて 1000 ℃ の動作温度で燃料電池を作動させました.このタイプの燃料電池は、固体酸化物型燃料電池と呼ばれます.1965年には、米陸軍工兵研究開発研究所が溶融炭酸塩型燃料電池を開発しています.

今世紀に入って燃料電池の開発はますます盛んになり、工業用、家庭用をはじめ、車載向けや航空機向けに燃料電池が使用されています.また、自動販売機や掃除機から携帯電話、パソコン向けの燃料電池の市場も拡大しており、非常に多様な用途で燃料電池が用いられています.

まとめ

燃料電池は電解質の種類によって分化し、動作温度や燃料の種類によって使い分けがなされています.化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換可能なことから発電効率が高くクリーンな発電手段であり、今後の持続的な開発を推進する上でますます重要な存在になると考えられます.

燃料電池の出力密度は年々改善を続け、車載用や家庭用としての用途も進んでいます.一方で、燃料電池を本格的に普及させるには、低コスト化や長寿命化の課題を解決することも必要です.

参考文献

化学と教育 2007 年 55 巻 9 号 p. 464-467

化学と教育 2008 年 56 巻 3 号 p. 114-117

化学と教育 2001 年 49 巻 6 号 p. 340-341

日本機械学会誌 2002 年 105 巻 1007 号 p. 687-692

溶接学会誌 2014 年 83 巻 1 号 p. 63-69

表面科学 2013 年 34 巻 3 号 p. 154-155

Overview on fuel cells. Renewable and Sustainable Energy Reviews, 2014, 30: 164-169.