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研究室の選び方を本気で考える(3):研究室の論文リストから分かること

更新 2024-3-3

研究室の研究業績

研究者にとっての使命は、研究を行って(質の高い)論文を書くことです.口頭発表は研究内容の広報や情報交換には重要ですが、所詮会場にいる数十~百人程度の人にしか伝わりません.学術雑誌に研究内容が掲載されることによってはじめて「この研究を行った」ことが世界中に認知されます.*1

そんなわけで、研究者にとって論文は至上命令であり、肩書であり、財産です.基礎研究の科学者であれば、自分の書いた論文のアピールは欠かせません.ゆえに、大概の研究室のHPには、研究業績として学術論文のリストが掲載されています.そのほか、研究業績には、学会発表、書籍、特許、寄稿などの情報が含まれます.

研究室に配属した後、自分はどの程度の業績を挙げられるでしょうか.その人次第としか言いようがありませんが、これまでのアウトプットが優れた研究室ほど、優れた成果を挙げられる可能性が高まります.志望高校を選ぶ際に、大学などの進路実績を見るのと同じです.そのほか、成果の良し悪しだけでなく、研究室の論文リストからは様々な情報が読み取れます.

今回は、主にこれから研究室に配属されることになる学生、大学院で進学する研究室に迷っている学生に向けて、研究室の論文リストから読み取れる情報を紹介します.

論文リストの見方

大体どの研究室のHPにおいても「論文リスト」「研究業績」「Publication」などのページで、発表論文のリストを掲載しています.ただし、研究業績の更新はそこそこ面倒な作業なので、外部サイト(Google Scholar、ORCIDなど)で管理され、外部サイトのリンクが貼られている場合があります.この場合、研究室全体ではなくボスの個人名義にはなりますが、研究室のアウトプットの参考にはなると思います.

研究業績の項目がない(外部サイトのリンクもない)、ページがあるが半年以上更新されていない研究室は論外と言って良いでしょう.アウトプットできる内容がない、あるいは研究・広報に力を入れていないということになるので、どのみち学生にとってプラスなことはありません.

論文リストにたどり着いたら、次に注目するポイントは以下の4つです.

(1)1年あたりの論文の数
(2)論文の掲載されているジャーナル
(3)論文の著者が誰か
(4)論文の著者の数

(1)1年あたりの論文の数

研究者にとって論文の質は大事ですが、数も重要です.あまりにアウトプットの少ない研究室は、学内政治に精を出しているか、あまりやる気が無いか、手が足りていないかが疑われるわけですが、いずれも学生にとって良いことではありません.それなりに人員がいるにも関わらず論文数が年間5報にも満たない研究室は、あまり活発に研究が行われていないのではと思います.ただし、詳しくは(2)で触れますが、非常にハイレベルなジャーナルの論文ばかりであれば、アウトプット数が少ないことには合理性があります.*2

また、論文が「誰の」論文であるかにも注意が必要です.論文数は多くとも、「装置を貸しただけ」「名前を貸しただけ」「最後に原稿をちらっと見ただけ」で、研究にほとんど関与していない場合があります(高齢の大御所の教授に多いです).研究の責任者は著者名の最後に書かれる場合が多く、一つの指標になります.詳しくは、(3)論文の著者の見方で触れます.

(2)論文の掲載されているジャーナルのレベル

論文が掲載されているジャーナル名は、一般人からするとどうでもいい事柄ですが、研究者からすれば死活問題です.ハイレベルなジャーナルに論文を通せば、業界から一目置かれますし、出世にも有利です.ゆえに、できる限りレベルの高いジャーナルに論文を書こうとする研究者が必然的に多くなります.

では、ジャーナルのレベルとは何でしょうか.絶対の指標と呼べるものは無いですが、一般的にはインパクトファクター(IF)が使用されます.IFの値が高いほどレベルの高いジャーナルであるとされています.一般にもよく知られるNatureやScienceはIFが特に高く、研究者の中でもこれらに論文を出せるのはほんの一握りです.一生で一回もNatureやScienceに論文を出せないケースのほうが多く、これらに複数出している研究者は、世界的にもトップの方々です.

ジャーナル名を調べればIFの値は載っていますが、高い低いの基準は業界によって異なります.化学系であればJournal of the American Chemical Society (IF ~ 15)、物理系であればPhysical Review Letters(IF ~ 9)がトップクラスのジャーナルとされており、これらがコンスタントに論文リストにあればトップレベルの研究室です.しかし、一般的にはIF ~ 3程度もあれば十分に質が担保されたジャーナルとなります.

では、論文リストにあるジャーナルのIFが高ければ高いほどよいのかと言えば、そういうわけではありません.研究者としての評価と、配属する研究室としての良し悪しはまた別の話です.気をつけたほうが良いのは、論文数が少ない割にハイレベルのジャーナルの割合が多い場合です.

このような研究室では、最初からハイレベルなジャーナル以外に論文を出さない方針である場合があります.しかし、研究では必ずしも素晴らしい成果だけが出るわけもなく、細々とした枝葉のような成果も転がっているはずです.ハイレベルなアウトプットしか出さない研究室では、そういう枝葉の研究のアウトプットが無視されるわけで、コンスタントに成果数を稼ぐことができる環境ではなさそうです.

また、ハイレベルなジャーナルでは、その分求められる成果も莫大なわけで、データ量も莫大になります.そうなると、修士の2年間で論文が出ることはあまり望めず、多くの学生の研究成果を組み合わせて一つの論文になる場合があります.査読にも時間がかかり、論文の投稿から掲載まで1年以上かかることはざらです.ゆえに、自分の在学中には論文が出ず、後輩が引き継いで、数年後に自分の名前が端っこに載った論文が出る可能性が高いです.その状況を良しとするかは自分次第ですが、少なくとも奨学金返済免除や就活のための題材としては活用しにくいでしょう.逆に言えば、先輩が散々研究した内容をちょうど引き継いで美味しいところだけをもらえる可能性もあるわけですが、それを良しとするかも個人次第でしょう.

IFの低い(2以下)のジャーナルばかりだけど数が多い場合は、研究の質が心配ですが、少なくともコンスタントにアウトプットをしている様子が伺えます.小さな成果でも論文発表や学会発表をさせて貰える場合が多く、奨学金返還免除などには有利です.研究者の方針によっては、ジャーナルの名前よりも研究の質を重視するという意味で、大きな成果も小さな成果も中堅どころのジャーナルに優先して掲載するケースもあります.

IFの低い(2以下)のジャーナルばかりにも関わらずアウトプット数も足りていない場合、その研究室は避けたほうが無難でしょう.人手が足りていないか、研究がうまく進んでいないか、教授が研究ではない別のことをしている可能性があります.

理想は、インパクトの大きい研究から小さい研究まで幅広くアウトプットがあり、コンスタントにトップジャーナルの論文があることでしょうか.研究が活発に行われており、質も十分に担保されていることが伺えます.

(3)論文の著者が誰か

論文の著者が誰であるかも重要な事項です.論文の著者の順番には意味があり、1番目(First author)と2番目(Second author)の著者では評価に天と地の差があります.その他に責任著者(Corresponding author)という概念があり、名前の右上に[*](アクタリスク)のマークが付いています.責任著者が論文の統括者であり、筆頭著者と並んで評価されます.責任著者は、論文の最後に書かれる場合が大多数ですが、例外もあります.論文の著者名の順番と意味については、別の項目で説明しています.

研究室選びという観点で見た場合、論文リストにある論文の筆頭著者が誰であるかが重要です.「メンバー」のページと見比べて、学生が筆頭著者の論文が多いのであれば、学生に論文を書いて成果を稼がせる体制ができあがっていると考えられます.一人のスーパーマン学生が成果を荒稼ぎしている場合もあるので、複数の学生において筆頭著者の論文があるかもチェックします.

また、論文の責任著者も合わせてチェックします.研究室のスタッフが責任著者でない場合は、その研究は別の研究室が中心になって行われた研究かもしれません.アウトプットの半分以上が、別の研究室の人が責任著者の論文である場合は、「装置を貸す便利屋」みたいな立ち位置になっているかもしれないので注意です.あるいは、研究室が他の研究室のお手伝いばかりしていて、自身がメインの研究が進まない可能性もあります.

場合によっては、責任著者がスタッフではなく学生である場合があります.このような方針の研究室に所属したことがないので詳細は分かりませんが、「学生に成果を与えるための措置」「論文に教授が与しない放置」というケースが考えられるでしょうか.後者の場合は、なかなか苦労することになるかと思います.

(4)論文の著者の数

地味ですが、論文の著者の数からも情報が得られます.論文の著者の範囲は、完全にボスの裁量次第であり、重大な貢献をしたにも関わらず名前を載せなかったり、少し関わっただけなのに名前が載るケースもあります.その辺りは、オーサーシップにかかわる重大な論点なのですが、研究室に配属する学生の立場ではどう考えるかを見ていきます.

著者の数が非常に多い場合

素粒子・高エネルギー物理系では数百の著者がいる場合がありますが、そこまで極端でなくとも数十人の著者がいるケースは珍しくありません.大抵の場合、様々な測定を様々な施設で実施し、膨大なデータ量とともに一つの論文に掲載します.

メリットとしては、共同研究が活発に行われていることを示しており、コネクションが作りやすいと考えられます.また、様々な実験が行える環境であることを示唆しており、成果を稼ぎやすい環境であることが伺えます.一方、大規模な共同研究は時間がかかり、アウトプットの質も求められることから、在学中に論文の出版まで行き着くことが難しくなります.著者が多い分、自分の貢献が薄まりやすいこともあるように思います(著者が30人いる中の20番目の著者であることで、どれだけのコントリビューションを主張できるでしょうか).

また、共同研究はギブアンドテイクです.他の研究室に共同研究の一棒を担いでもらっているということは、他の研究室の研究のお手伝いをする機会が多いことにもなります.場合によっては、他の共同研究先のための実験ばかりやっていたなんてことにもなりかねません.

著者の数が非常に少ない場合

実験系であれば、ボスが自ら実験を行っていない限り、論文の著者の最低人数は学生とボスの2人です.自分がその筆頭著者となった場合、コントリビューションが非常に大きく見え、他の人の手伝いではなく自分で研究を進めていたというアピールになります.

しかし、どの論文も著者数が極端に少ない(3~4人以下)場合は注意が必要です.一つは、ボスが共同研究をほとんど行っていないケースです.研究室として他の研究者とのコネクションが希薄で、外部に知り合いを作りにくい可能性があります.外部施設での実験もいちいち自分で申請・実験を行う必要があるので、非効率で大変です.

また、著者を少なくすることがボスの方針である場合もあります.前述の通り、論文に誰を載せるかはボスの裁量次第であり、その基準は人によって異なります.何らかの実験を行っていれば良い場合もあれば、実験をした上で結論に重要な貢献をしていなければ認められない場合もあります.研究室に配属したばかりの4回生であれば、普通は一人で研究を行うことはできず、先輩の指導のもとで行います.その際、その先輩の立場は微妙なところで、研究に貢献をしたという考えもあれば、単なる一般的な指導なので研究内容とは直接関係にないという解釈もありえます.

どちらが良いとはいえませんが、学生の立場からすれば、名前が載るための基準がゆるいほうが望ましいです.奨学金免除や研究者を目指す場合、若いうちの論文数1つの差は非常に大きいので、論文に載せる名前を過度に絞る研究室はおすすめできません.

まとめ

学生のスタンスによって、注意すべきスタンスは異なります.将来、優れた研究者になりたい人は、多少忙しくても優れたアウトプットを出している研究室に行くべきですし、就活に精を出したい学生は暇な研究室の方が良いでしょう.

ただし、以下の項目に当てはまる研究室は、どの立場の学生にとってもあまり良い環境でないケースが多いことでしょう.

避けたほうが良い研究室

・研究室HPに論文リストがどこにもない
・論文リストがコンスタントに更新されていない
・論文数が年5報にも満たない
・共同研究の論文ばかりで、ボスが責任著者の論文が少ない
・学生が筆頭著者の論文が全然ない
・論文の著者数がどれも極端に少ない(3人以下など)

続いて「研究室選びを本気で考える(4)」では、研究室の学会発表や受賞のリストから分かる情報を紹介します.

*1:口頭発表をした際にアイデアを盗まれ、ライバルに先に論文を書かれたとしても、国際的にはライバルの手柄となります.

*2:しかし、論文数だけで見ることには注意が必要です.教授が若く、新しく立ち上がったばかりの研究室では、まだ実験環境が十分でないケースも多く、アウトプットが一時的に少なくなることもあります.そのような時は、2、3年前のアウトプット量と比較して、極端に論文数が減っている時期ではないかを確認します.