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固体における仕事関数、イオン化エネルギーと電子親和力の関係

更新 2024-2-25

固体のバンド構造

物質は原子核と電子から構成されますが、物質中で同じ状態をとる電子は2つとありません.電子には一階席、二階席、三階席と順に座席があらかじめセッティングされており、電子にとって居心地の良い(エネルギーの低い)席から順に埋まっていきます.

電子が後からやってきても、良い席は既に埋まってしまっており、仕方なく上の階の席、あるいは立ち見席や見切れ席で過ごすこととなります.

さて、コンサートが始まった時に電子が二階席までいるとしましょう.二階席に空きがあり、人混みをかき分けて電子が移動できる状態が金属です.このため、金属は高い電子伝導度を示します.

一方、二階席が隅から隅まで埋まっている状態が絶縁体や半導体です.フロアが埋まっているため電子は動こうにも動けず、このままでは電子伝導性を示しません.各フロアは分離しており、階段で過ごすわけにも行きませんから、二階席が埋まっていたら次は三階席に行くしかありません.

階段を上れば一部の電子は三階席にたどり着き、そこはスカスカですから移動が可能です.すなわち、階段に上る分のエネルギーを注入することで半導体や絶縁体は電子伝導性を示すようになります.

以上の話は例え話ですが、バンドを理解することによって物質の状態や反応性を予想できるようになります.

一階席、二階席、三階席といった各フロアをバンドと呼びます.電子が詰まっている最も高いフロア(上の例えでは二階席)が価電子バンド、その一個上のフロアが伝導バンドです.

有機半導体では、それぞれ最高被占有分子軌道(HOMO)最低被占有分子軌道(LUMO)と呼ばれます.二階から三階に移動するために必要なエネルギーがバンドギャップです「電子がどこまで詰まっているかを示すエネルギー」をフェルミ準位と呼び、

金属ではフェルミ準位はバンド中にあり、半導体・絶縁体ではバンドとバンドの間に位置します.

以下では、バンド構造からどのような情報が読み取れるかを見ていきます.

仕事関数、イオン化エネルギーと電子親和力

固体中の電子が異なるエネルギーを持っていることは前述のとおりですが、それぞれの持っている具体的なエネルギーを求めることは時に有用です.

エネルギーは相対的なものでしか無いので基準が必要であり、通常は真空中の電子のエネルギー(真空準位)を基準にします.固体中に束縛されている電子はどれも真空準位よりも低いエネルギーを持っています.

仕事関数(WF)とは「固体から固体表面のすぐ外側の真空中の点まで電子を取り除くのに必要な最小のエネルギー」を指します.仕事関数の値の大小によって表面の電子の安定性が分かり、ひいては物質の化学的・物理的な反応性の基準を与えます.

イオン化エネルギー(IE)とは「孤立した気体原子、正イオン、または分子の最も緩く結合した電子を取り除くために必要な最小のエネルギー」です.仕事関数と非常によく似ており、金属では仕事関数と同じになりますが、半導体・絶縁体では異なる値をとります(後述).

電子親和力(EA)とは「気体状態の中性原子や分子に電子が付着して陰イオンになったときに放出されるエネルギー量」となります.物質から電子を出すときではなく、新しく導入する時に関係する物理量です.

詳細な意味合いは個別項目を見てもらうこととして、これらの物理量がバンドではどのように表されるかを見てみます.以下にそのバンド図を示します.

半導体・絶縁体では価電子バンド全てを電子が占有しており、価電子バンドと伝導バンドはバンドギャップによって隔てられています.

電子親和力は真空準位にある電子を物質中に導入するために必要なエネルギーです.価電子バンドは全て埋まっておるため、電子親和力は真空準位と伝導バンドの下端の間のエネルギー差と定義されます.

イオン化エネルギーは、価電子バンドの上端にある電子を真空準位に叩き出すために必要なエネルギーです.ゆえに、イオン化エネルギーは真空準位と価電子バンドの上端の間のエネルギー差を示します.

一方、仕事関数は真空準位とフェルミ準位(EFの間のエネルギー差を表します.半導体・絶縁体におけるフェルミ準位はバンドギャップ内に位置しているため、仕事関数とイオン化エネルギーは一致しません.

フェルミ準位とは、その占有確率がちょうど50%になるエネルギーの点を指しており、通常の(添加のない)半導体では価電子バンド上端と伝導バンド下端のちょうど中間位置とされます.

金属ではバンド内にフェルミ準位があり、バンドギャップがありません.それゆえ、フェルミ準位は最後尾の電子の持つエネルギーと定義され、仕事関数とイオン化エネルギーは一致します.

金属の電子親和力に言及している文献をあまり見かけませんが、定義から言えば仕事関数およびイオン化エネルギーと一致する(符号は変えてね)と考えて良いんじゃないでしょうか.

注意点

イオン化エネルギーや電子親和力の値の表が有名ですが、それらはガスの単原子についての値であり、上述の話が直接適用できないことに留意する必要があります.おそらく、単原子についての話が先にあり、固体については単原子の議論を拡張したものなのではないかと思います.

以上のパラメータは分光測定等により電子のエネルギーを直接測定することにより求められます.

しかし、これらのパラメータは表面の効果(不純物、欠陥など)を多分に内包しており、材料の純度、構造(表面の結晶方位など)、形態(表面粗さ・乱れ)、表面組成(清浄・汚染)など要因によって値が変化します.金属材料などでは1 eV程度のずれが平気で起こるため、試料の表面状態や加工履歴も合わせて確認しておく必要があります.

応用

半導体にとって最も重要なパラメータはバンドギャップですが、分野によっては価電子バンドや伝導バンドの相対的なエネルギー位置も重要になります.

光触媒

光触媒では光によって価電子バンドから伝導バンドに電子が遷移し、伝導バンドの電子が還元反応を、価電子バンドに残された正孔(ホール)が酸化反応に寄与します.遷移後の電子・正孔のエネルギーはバンドの相対位置によって決まるので、バンドの位置に関する理解が欠かせません.

光触媒による水分解反応では、電子は水素イオンを還元できる程度に電位が負に大きく、正孔は水を酸化できる程度に電位が正に大きい必要があります.

まとめると、半導体の価電子帯の上端と伝導帯の下端が水の酸化還元電位を挟み込む位置にあれば、水の分解反応を行うことができる可能性があります.

(2)透明伝導体

また、半導体や透明電極の分野ではどの材料にどの元素をドーピングしやすいかの基準を与えます.

ドーピングとは半導体に過剰な電子を与える、あるいは電子を欠乏させることで電子を動きやすくして伝導度を上げることです.前者の半導体をn型半導体、後者をp型半導体と呼びます.

ある半導体の伝導バンドのバンド位置がエネルギー的に深ければ、余剰の電子を導入しやすく、n型半導体になりやすいとされます.一方、正孔(ホール)にとってはその逆であり、価電子バンドが浅ければ浅いほどホールが導入しやすい=p型半導体を形成しやすいの図式が成り立ちます.

酸化物は一般に価電子バンドのエネルギー位置が深いため、p型半導体はできにくいとされていました.p型透明半導体の開発ではバンドギャップを可視光以上に保ちながら、価電子バンドの位置を浅くする必要がありました.d10の電子配置を持つ金属イオンをうまく利用することでp型かつ透明な半導体を実現することが可能となりました.

まとめ

半導体といえばバンドギャップで区分されますが、伝導バンド・価電子バンドの相対位置も同じくらい重要です.電池の電極材料や太陽電池などでもバンド位置は常に意識されます.バンド位置は固溶体の形成やナノ粒子化、薄膜化などで制御が可能であり、望みの位置にバンド位置を持ってくるような手法が絶えず開発されています.

とはいえ、バンド位置は「反応が可能」という必要条件を示すだけのものであり、実際には様々な要因により反応がうまく進んでくれない場合もあります.必要条件を揃えた上でいかに反応を効率化するのが腕の見せ所です(多分).

参考文献

Materials Horizons, 2016, 3.1: 7-10.

金属 2020 vol90 No10, pp846-854

日本結晶学会誌 2018 年 60 巻 5-6 号 p. 260-267

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