更新 2024-3-1
論文とその著者
学術論文の著者がたった一人であることは稀で、多くの場合、複数の著者がいます.
例えば、何らかの新物質を合成して何らかの新しい性質を見出した論文があったとします.実験を主導して原稿を書いた人が著者となるのは当然ですが、合成を手伝った人、物性測定を行った人、理論計算を行った人、実験を行った外部施設のテクニシャンなど、色々な人が著者の候補となります.
著者が5人程度であれば少ない方で、共同研究先が増えるに従って著者数はどんどん多くなります.著者が20~30人の大名行列のような論文は珍しくなく、分野によっては数百人が著者として名を連ねる場合もあります.
大規模な実験では多くの人が関わるので、著者数が多くなるのは仕方のないことですね.
殆どの場合、それぞれの著者の論文への貢献は同等ではありません.研究を主導した人の貢献度が大きくなることは当然ですし、多くの測定のうちの一つだけを手伝った人の貢献度はあまり大きくないかもしれません.
一番最初に名前を構える筆頭著者が実験を主導した人・あるいは論文を書いた人であり、最も論文への貢献が大きいとされます.続いて、二番目、三番目、と貢献度の順に著者を書いていくのですが、例外もあります.
今回は、論文の著者の順番の意味を紐解いていきます.以下の話は材料科学の分野に限った話なので、他の分野では慣例が異なる場合があります.
著者となるための条件
まず大前提として、研究に関わった人の全てが論文の著者になれるわけではありません.
実験方法を教えてくれた人、試料を保管してくれた人、試料の準備を手伝ってくれた人などは、研究に関わってはいるものの「研究に貢献した」かは疑問の残る場合があります.
ICMJE(世界医学雑誌編集者協会、International Committee of Medical Journal Editors)によれば、以下の条件を満たす者にのみ著者としての権利があるとされています.
- 著作物の構想または設計、あるいは著作物のデータの取得、分析、解釈に対する多大な貢献のある者
- 著作物の原案作成または重要な知的内容についての重要な改訂を行った者
- 出版されるバージョンの最終的な承認を行った者
- 著作物についての説明責任を負うことに同意する者
なかなか難しい条件であるように見えますが、学術界に実名で新規性を主張する以上、相応の責任は伴うべきでしょう.
しかしながら、実際のところ、研究グループによって著者としての基準は様々です.
著者をなるべく増やす方針のところもあれば減らす方針のところもあるので、同程度の貢献でもグループによっては共著者になれない場合もあります...
最終バージョンの原稿を見せてもらえなければ「出版されるバージョンの最終的な承認を行った者」から外れて著者の資格を失うわけで、そうやって特定の人を著者から外すようなことも行えてしまいます.本来はあってはならないことではありますが、世の中聖人だけではありませんので…
論文の著者とその呼び名
論文の著者の並び順から分かることを見ていきましょう.例えば、以下のような論文があったとします.何やら事件でも起こりそうですが...
“Synthesis and physical properties of super ultra awesome materials”
The ABC Materials. 16 (1936) 256.
Alice Ascher, Elizabeth Barnard, Carmichael Clarke, George Earlsfield, Roger Downes, Hercule Poirot*
筆頭著者(ファーストオーサー)
筆頭著者(Alice)は、読者が最初に目にする名前であり、論文を背負う中心的な著者です.
アカデミック業界で就職・昇進するには筆頭著者の論文が重要であり、博士の学位取得のために筆頭著者の論文が必要であり、論文名が多くの場合筆頭著者の名前で参照されることから、特に若手の研究者にとって筆頭著者の論文を量産することは重大な使命です.
筆頭著者になる権利があるのは、論文の執筆を主導していた人です.
一方で、実験を行っていた人が必ず筆頭著者になるわけではなく、直接の指導を行っていた教員がなる場合もあれば、実験を行っていた人が卒業・移動した場合に研究を引き継いだ人が代わりに論文を書いて筆頭著者となる場合もあります.
(学位をとらせるために、研究と関係性の薄い人が筆頭著者にされる場合も.良くないケースですが.)
なお、二人以上の人が同等の貢献をしたとみなされる場合はイコールコントリビューション(Equal contribution)の制度を使用する場合もあります.
これは、第一著者に資する働きをした人が二人以上いる場合に特別に行い、二人の人物が同等に筆頭著者としての貢献をしたことを示します.
イコールコントリビューションの第二著者は書類上では筆頭著者として扱われるはずですが、実際には第二著者寄り(1.5著者相当?)の扱いをされることもしばしば.
第二著者(セカンドオーサー)
筆頭著者でなかったからといって論文に関する栄誉を失うわけではありません.二番目(Elizabeth)や三番目(Carmichael)の著者もある程度の評価がなされます.
実験はしたけども論文の執筆にはタッチしていない学生、あるいは学生の実験の面倒を直接見ていたスタッフ、その他、二番目に貢献度の大きい人物が第二著者となります.著者数の少ない論文では、あまり貢献度が大きくないのに第二著者になる、なんて場合もあります.
(学生が論文に不得手であった場合、スタッフが論文の執筆をほとんど行った上で第二著者に甘んじるような場合もしばしば)
第二著者以降にイコールコントリビューションを使用するケースは見かけたことがありません.あまり意味がないからでしょう.
最終著者(ラストオーサー)
第二、第三と順に論文の貢献度は下がっていくことが一般的ですが、最終著者だけは別格です.ラストオーサーには研究グループの主催者や研究を管理している人の名前が記載されるケースが主です.
正直、筆頭著者の若手研究者の名前を見ても誰だかわからない場合が多く、ラストオーサーの名前を見てはじめて「この人の研究なんだな」と理解されます.
この心理を使用し、実際には研究の実質的な管理者でなくても、著者の中で最も偉い(有名な)人をラストオーサーに置く場合もあります.
その他の著者
四番手以降(最終著者を除く)の著者については、研究に中心的に関与したとはみなされません.研究の何らかのパートに貢献した人であるのでしょう.
とはいえ、著者であることには変わりません.自身の論文数にはカウントされます.Nature級の論文の著者として端っこに載ってさえいれば「Natureの著者」を名乗ることが可能です.
下位の著者になってくると論文への貢献度でランク付けをすることが難しく、グループ内での年功序列などによって決められることもあるかと思います.
責任著者(Corresponding Author)
著者の順番とは異なる概念であり、論文に関する最終的な責任を負う著者を指します.件の論文の著者リストをもう一度見てみましょう.
最終著者(Hercule)の名前の右上にアスタリスクマーク(*)がついていることが分かります.このマークこそ責任著者の証であり、論文に関する最も責任重大な立場にある人に冠されます.
責任著者はメールアドレスを公開し、論文への問い合わせに応じます.ジャーナルへの論文の投稿作業を行うのも責任著者です(例外あり).
学生やポスドクのメールアドレスは不安定というかすぐに変わるので、教授など長らくメールアドレスの変わらない人を責任著者にしてくれたほうが、読者やジャーナル側としては好ましいです.
多くの場合、最終著者が責任著者を兼ねます.
一方で、筆頭著者や第二著者などが責任著者を担う場合もあります.場合によっては責任著者が2人、3人と乱立するケースもあります.
責任著者が論文の評価を一手に担う評価制度であるケースが多いため、責任著者の奪い合いになるケースもあるそうです.
読者からすれば責任著者を絞ってくれたほうが問い合わせの際に迷わなくて好ましいのですが…
まとめ
論文の著者には厳しい要件が課せられています.論文に少し関わった程度の人では著者になることができず、少なくとも論文の結論への重要な貢献をしていることが求められます.
とはいえ、実際の運用は研究グループ次第であり、「って、なんで〇〇君が!?」という人が著者となっているケースもそこそこあります.(関わっていたはずの人がいない、なんてことも)
論文によっては、イコールコントリビューションの筆頭著者が2~3人、責任著者が3人といった「誰の研究やねん」と突っ込みたくなるものも見かけます.これも行き過ぎた評価主義の弊害でしょうか.
参考文献
How to Order Author Names and Why That Matters - Wordvice
ICMJE | Recommendations | Defining the Role of Authors and Contributors
How to Choose the Author Order in a Manuscript — Redwood Ink - Scientific and Medical Editing