はじめよう固体の科学

電池、磁石、半導体など固体にまつわる話をします

MENU

リチウムイオン電池とコバルト

更新 2024-3-5

リチウムイオン電池とコバルト

この文章を読んでいる時、あなたは既にリチウムイオン電池を使用しているはずです.スマートフォンやタブレットではデバイスの充電用に、デスクトップPCであれば、直接的には使用していなくても充電式のマウスやキーボードでリチウムイオン電池が使われています.

なぜこんなにもリチウムイオン電池の普及が進んだのでしょう.それは、エネルギー密度が非常に大きいからです.あらゆる電池の中で最高級の性能を示し、大量生産によって価格も落ち着いているので、需要は大きくなる一方です.部屋の中の小型デバイスに引き続き、将来的には電気自動車の主要構成要素としても期待されています.

しかし、リチウムイオン電池はこれからも今までと同じ、あるいはそれ以上の生産ペースを維持することが可能なのでしょうか.地球の資源は有限です.地球の鉱山に眠る元素の埋蔵量は、クラーク数を見れば分かる通り大きく偏っています.シリコンや鉄だけで電池ができればよいのですが、残念ながらそれは叶いません.

今回の記事では、リチウムイオン電池を構成する元素のうち、コバルトに焦点を当てます.

コバルトは鉄やマンガンと同じ第四周期の金属元素でありながら、それらとは桁外れに埋蔵量が限られています.これから先も継続してリチウムイオン電池の生産を行うためには、コバルトの使用量を減らすあるいはコバルトの生産量を増やさなくてはなりません.

なお、今回の内容はACS Energy Letters誌に掲載された「Can Cobalt Be Eliminated from Lithium-Ion Batteries?」の内容に基づきます.

リチウムイオン電池の構成要素とコバルトの必要性

リチウムイオン電池は充電可能な二次電池であり、構成要素は正極、負極、電解質に大別されます.

正極にはリチウムイオンを含んだ酸化物、負極には炭素材料、電解質には有機溶媒に溶解したリチウム塩が使用されます.正極、負極ともにリチウムイオンを脱挿入可能な構造を持っており、電極間を電解質を通してリチウムイオンが行き来することによって電池が作動します.

このうち、コバルトが必要なのは正極材料です.コバルト酸化物\rm{LiCoO_2}(LCO)は、1980年にリチウムイオン電池の正極材料として見出されました.この層状酸化物はリチウムイオンを脱挿入可能な結晶構造を持ちます.20世紀後半にはじめて市販されたリチウムイオン電池でも使用されており、数々の電子機器に含まれます.

その後、LCOの欠点を補うために組成を改良した\rm{LiNi_xMn_yCo_zO_2}(NMC)や\rm{LiNi_xCo_yAl_zO_2}(NCA)が開発され、電気自動車(EV)用リチウムイオン電池の正極材料として期待されています.

しかし、EV用電池の需要が高まるに連れ、供給をどう維持するかが課題となっています.今後、EVの販売台数が数十倍、数百倍と増加していけばリチウムイオン電池の供給も切迫され、エコだのSDGsだのと言っている場合ではなくなります.

原材料の供給および生産ペースを早め、EV化に遅れないようにメーカーが努力すれば問題ないのかもしれませんが、現在の形のリチウムイオン電池をさらに数十倍のスピードで供給することは不可能です.いずれコバルトの資源問題にぶち当たることになります.

コバルトの供給量は十分か

正極材料に使用される金属元素にはリチウム、ニッケル、コバルト、マンガン、鉄など様々なものがあり、金属の原材料の供給量に応じて製品のコストも大きく影響を受けます.中でもコバルトは価格変動が激しく、サプライチェーンが脆弱で、人的コストもかかるため、最も供給が危惧されている金属です.

ニッケルや鉄の価格は比較的安定していますが、コバルトの価格には定期的に乱高下が起こります.2018年にはコバルトの価格が一気に従来の3倍に跳ね上がり、多くの製造業が影響を受けました.これは、地球上でコバルトが生産可能な場所が限られていることに起因します.

Journal of Benefit-Cost Analysis 2021, 12(1):1-30

コバルトの主要な産地はコンゴ民主共和国であり、全生産量の6割を超えます.残りの資源はロシアやオーストラリアなどに偏在しています.それゆえコバルトの生産はコンゴ民主共和国次第であり、同国の政情に大きく影響を受けます.また、コバルトの加工施設は中国のみに集中しています.

また、コバルトの生産量自体も限られています.コバルトの年間生産量は17万トンであり、これはニッケルの6%、マンガンの0.8%に過ぎません.

供給数を増やせば価格の高騰を抑えられるかもしれませんが、コバルト鉱山のこれ以上の拡大は困難です.コンゴ民主共和国では、有害なコバルトを採掘するために児童労働が行われていることが指摘されており、倫理面でも懸念があります.(子供の健康と引き換えにスマートフォンを使う気分はどうだ?)

リチウムイオン電池のリサイクルは原料の供給リスクを軽減する手段ですが、今のところ需要の拡大を上回るほどの回収量を維持できていません.

以上の理由により、コバルトフリーあるいはコバルト量を抑えたリチウムイオン電池の開発が急務となっています.

コバルトを他の元素に置き換える

リチウムイオン電池の正極材料として使用されるLCOは層状構造を有しており、コバルトのサイトをニッケルやマンガンなどの金属元素で置き換えた物質が使用されています.

純粋なLCOは優れたサイクル安定性、大きな体積容量、合成の容易さから依然としてトップクラスの利便性を誇りますが、電気自動車に使用するには高価格なコバルトをなんとかしなくてはなりません.

LCOでは\rm{Co^{3+\text{/}4+}}の酸化還元反応を利用していますが、酸素とコバルトのエネルギー位置が重なっているため使用可能なエネルギー量が限られています.コバルトの一部をニッケルやマンガンで置換することにより、使用可能なエネルギー量を増加させることが可能です.

そのため、\rm{LiNi_{0.33}Mn_{0.33}Co_{0.33}O_2} (NMC-333) や\rm{LiNi_{0.8}Mn{0.1}Co_{0.1}O_2} (NMC-811)のように、ニッケル量を増やした層状酸化物も利用されてきました.

しかし、正極材料中のニッケル含有量を増やすと、構造の不安定性が増し、電池寿命や安全性に悪影響を及ぼすことが分かってきました.高充電状態でリチウムを取り出そうとすると、ニッケル酸化物は不可逆的に構造相転移を起こし、ひび割れや接触不良を起こしてしまいます.また、\rm{Ni^{3+\text{/}4+}}種も電解質と反応を起こし、無駄なエネルギー消費を起こします.これでは電池として使用できませんが、表面コーティングなどの技術によりこれらの問題を解消する努力が続けられています.

では、コバルトはどうしても必要なのでしょうか.一般的には\rm{Co^{3+}}の存在が電池反応や相安定性に不可欠と考えられていますが、コバルト量の少ない組成でも優れた性能を示すものが見つかりつつあります.例えば、コバルトフリー正極(\rm{LiNi_{0.9}Mn_{0.05}Al_{0.05}O_2}、NMA-900505)は、同じニッケル含有率(〜90%)でコバルトを含有する正極と比べても遜色のない性能を示すことが示されています.

コバルトフリーの正極材料を求めて

コバルトやニッケル以外にも、正極材料に利用可能な遷移金属はあります.これらよりもエネルギー密度は劣るものの、鉄やマンガンも正極材料の候補です.

鉄は\rm{LiCoO_2}のコバルトサイトをそのまま置き換えることはできませんが、ポリアニオンを含んだ鉄酸化物に有望な材料が知られています.オリビン構造を持つ\rm{LiFePO_4}は高いエネルギー密度(約\rm{160 mA h g^{-1}} )を示し、鉄酸化物系正極材料の第一の候補となります.

\rm{LiFePO_4}は優れたサイクル寿命とレート特性、および相安定性を兼ね備えますが、電気伝導性に乏しいため正極材料として使用するには炭素のコーティングが必要です.\rm{LiFePO_4}は原材料が豊富で安価なことから、EV用電池メーカーが使用を加速しています.

マンガン

マンガン系正極材料は、鉄系カソードとは異なり、幅広い化学組成と結晶構造をとることが可能です.スピネル構造、岩塩型構造と選択肢が豊富なものの、マンガンが電解液に可溶なために電気化学的安定性が低いことが問題です.

スピネル型\rm{LiMnO_4}は熱的・構造安定性や高速イオン/電子輸送特性を示すことから、高エネルギーおよび高出力用途に有望です.

他にもコバルト酸化物以外の正極材料の候補がありますが、詳しくは以前の記事を参照してください.

まとめ

リチウムイオン電池電池の発明から長くに渡ってコバルトは必須の元素でした.しかし、長年の材料探索によってコバルトを含まない正極材料の開発も進んでいます.数ある国家の中で一国に資源が集中している元素を世界的に使用するには非常にリスキーであり、性能を犠牲にしてでも普遍の資源を活用することが重要です.

コバルトフリー正極は数多く存在しますが、エネルギー密度、サイクル寿命、レート能力、熱安定性、合成プロセスの容易さ、材料の入手性、コストなどはどれも一長一短です.ポータブルデバイスに用いるか、電気自動車に用いるかで求められる特性は大きく異なるため、用途に応じて使い分けられることでしょう.

なお、コバルトの問題が解決されても今度はリチウムの問題が浮かび上がります.リチウムもまた地球上で偏在した資源であり、リチウムイオン電池を用いる限りはどうあがいても替えが効きません.リチウムをナトリウムなど他のアルカリ金属に置き換えた二次電池の開発も進んでいますが、電池デバイスの根本的な見直しが必要であるため、実用化されるのはまだ先になると思われます.

参考文献

Lee, Steven, and Arumugam Manthiram. "Can Cobalt Be Eliminated from Lithium-Ion Batteries?." ACS Energy Letters 7.9 (2022): 3058-3063.