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強磁性体:磁石になる物質とならない物質の違い

更新 2024-3-1

強磁性体(Ferromagnet)

世の中のいたるところで磁性材料が活躍しています.磁性材料と言っても強磁性体、常磁性体、反強磁性体など種類は様々ですが、産業で応用されているものはほとんどが強磁性体です.

強磁性体とは、磁力の影響が目に見えて現れるような材料です.永久磁石は強磁性体の筆頭であり、100円ショップで買えるような安価なものから自動車や工場で使用される大型のものまで様々な種類があります.それぞれ性能や価格が異なるので用途によって使い分けられます.

今日では、強磁性体はモーター、トランス、HDD、キャッシュカードなどに利用されており、日常生活で見かけない日はないと言って良いでしょう.強磁性体に関わる分野も細分化されており、大きく「硬磁性体」「軟磁性体」「磁気記録材料」の分野に分かれます.

では、そもそも強磁性体とは何なのか、なぜ磁力を発することができるのか、なぜ物質ごとに性能に違いがあるのか.見た目にはわからないことだらけです.

今回は、強磁性体の起源とその応用分野について見ていきます.

強磁性体の起源

電子と磁気

物質は原子によって構成され、原子は原子核と電子から構成されます.古典的な描像では電子は原子核の周りを回っています.電荷を持つものが円運動をすると磁場が発生します(アンペールの法則).

つまり、電子の軌道運動により磁気が発生します.一方、原子核と電子には自転運動に例えられるスピンというパラメータがあり、スピンの方向(右回りか左回りか)に基づく2種類の自由度があります.

軌道運動およびスピンによって原子は一定の磁気モーメントを持ちます.ただし、原子核のスピンによる磁気モーメントは小さく、原子の持つ磁気モーメントはほとんどが電子によって決まります.物質の磁性をコントロールするには、電子をうまく扱う必要があります.

電子の数が多ければ多いほど磁気モーメントが大きくなるのかといえばそうではありません.電子は勝手なエネルギーを取ることができず、低いエネルギーの軌道から順に占めていきます.一つの軌道には2つの電子しか入れず、その際に電子のスピンを互いに逆向きに入れなければなりません(パウリの原理).

このため、いくら電子を入れても磁気モーメントが互いに打ち消し合ってしまう場合が多く、正味の磁気モーメントは存在しないケースが大多数です.実際、磁性を示す原子は周期表の中でもごく少数に過ぎません.そのほとんどはランタノイドとして知られる希土類元素であり、残りが \rm{Fe} \rm{Ni}をはじめとする遷移金属です.

原子の間の相互作用

また、大きな磁気モーメントを持っていてもそれだけでは強磁性体になりません.一つ一つの原子が大きな磁気モーメントを持っていても、互いにバラバラな方向をむいていたら正味の値はゼロです.

隣り合う原子のモーメントを同じ方向に揃えるような強い交換相互作用が働くことでようやく自発磁化が生じ、強磁性体となります.相互作用の符号が反対の場合は隣り合うモーメントが逆向きになってしまい、自発磁化を示さない反強磁性体となります.

ただし、日常生活で磁石として使うには、常温において強磁性を示す必要があります.全ての強磁性体はキュリー温度と呼ばれる転移点を持ち、これ以上の温度では自発磁化を持たない常磁性体となります.

室温で強磁性を示す単体元素は \rm{Fe、Co、Ni、Gd}の四種類のみです.他の元素はごく低温でのみ強磁性を示します. \rm{Gd}は希少であるため、実質的に磁石として使用できるのは \rm{Fe、Co、Ni}の三種類の元素およびその合金・化合物となります.

強磁性体の定義とヒステリシスループ

強磁性体とは、磁場に引き付けられ、磁石を引き付けるような性質を持つ物質です.しかし、鉄釘は強磁性体の一種であり磁石に引き付けられますが、鉄釘が鉄釘を引き付けることはありません.とすれば、強磁性体とは一体何なのでしょうか.

まだ強磁性の定義をしていませんでした.強磁性体の厳密な定義は定かではありませんが、一般的には自発磁化をもつことです.すなわち、外部磁場のない状態でも磁石の性質を持つことを言います.実用的には、強磁性体のヒステリシス曲線を測定することによって判断します.

磁性体に外部磁場を与えるとだんだん磁性体に磁気的な分極が生じ、磁化されます.ヒステリシス曲線では縦軸に磁化の値 M、横軸に外部磁場 Hをとり、磁場による磁性体の磁化の変化を記録します.縦軸に磁束密度 Bを採用するケースもあります.

外部磁場のない場合では磁化の値はゼロです.磁場を上げていくと物質が磁化され、 Mの値が上昇します.この際の Mの「上げ易さ」を透磁率と呼びます.

しかし、そのうち限界が訪れ、磁化がこれ以上上昇しない領域が現れます.このときの磁化の値を飽和磁化と呼びます.ここから外部磁場を取り去ると磁化は小さくなっていきますが、磁場をゼロにしても磁化の値が残ります.これを残留磁化と呼び、強磁性体を特徴づける値です.常磁性体など他の磁性体では残留磁化はゼロを示します.

磁化と逆向きの磁場をかけてもある程度は磁化が生き残り、磁化がゼロになるときの磁場の値を保磁力( H_c)と呼びます.磁場をさらにかけていくと行きと対称な図形を描き、ループが繋がります.その後、同じように磁場の上げ下げをしても同様のループをなぞります.このようなループをヒステリシスループと呼びます.

ヒステリシスループによって強磁性体が特徴づけられ、どのような用途に適しているかを判断する材料となります.

強磁性体の磁化過程

大きな磁気モーメントを持っているにも関わらず、どうして磁場を掛ける前の強磁性体は磁化を示さないのでしょうか.

磁場をかける前の強磁性体では、磁化が数 \rm{μm}程度の領域ごとに分かれています.個々の領域内では磁化は一定の方向を向いていますが、領域ごとにバラバラな方向を向いており、全体としては磁化が打ち消し合っています.このような微小な領域を磁区、磁区と磁区の間の境界を磁壁と呼びます.

ではなぜ磁区を形成するのでしょうか.強磁性体では磁気モーメント同士に様々な相互作用が働き、それらの兼ね合い(妥協)によって軸を作った状態が最も安定化します.

まず、強磁性体中では原子の磁気モーメント同士を同じ方向に向かせるような相互作用が働きます.

一方で、強磁性体には磁化が向きやすい方向があります.これを磁気異方性と呼び、磁性体の結晶構造や形状によって向きやすい方向は異なります.磁化の向きやすい方向を磁気容易軸、向きにくい方向を磁気困難軸と呼びます.詳しい起源は別項目で説明しますが、基本的に磁化は磁気容易軸の方向を向きます.

他にも磁化の向きを決める要因が存在します.磁化を全て同じ向きに向かせると、S極とS極、N極とN極が隣り合うことになってしまい、エネルギー的に不利です.このため、S極の隣にはN極が来るように配置したほうがエネルギー的に得です.

磁石の磁力線はN極から出てS極に向かうと中学で習います.この磁力線は磁石の外部を通るように描かれますが、当然ながら磁石の内部にも磁力線は通ります.すると、磁性体内部の磁力線の向きは磁化の向きと逆向きなので、自身の持つ磁力により自身の磁極を反転させようとします.このような効果を反磁界と呼びます.

以上のような要因が複雑に絡み合い、強磁性体は無数の軸に分かれてそれぞれバラバラの方向を向きます.ここに外部磁場をかけると磁区内の磁化は磁場と同じ方向を向きたがります.

磁場と異なる方向を向いていた磁区は、磁壁が次々と回転して移動することにより、磁場方向を向く磁区の体積が大きくなっていきます.強い磁場中では、磁区自体が回転して磁場の方向を向くようになります.最終的に全ての磁区が同じ方向を向いて統合され、磁化は飽和します.

強磁性体の磁化過程は温度によっても変化します.熱運動の影響のない極低温では素直に振る舞いますが、高音では熱による影響で磁気モーメントがバラバラな方向を向きたがり、磁化は減少します.強磁性体の磁化は温度上昇とともに減少し、キュリー温度( T_c)で消失します.キュリー温度以上の温度では常磁性体として振る舞います.

強磁性体とその利用

強磁性体(Ferromagnet)のFerro-は鉄を意味し、ゆえに鉄は強磁性体です.前述の通り室温で強磁性体を示す元素は実質的に \rm{Fe、Co、Ni}のみであるため、実用的な強磁性材料はこれらの合金・化合物である場合がほとんどです.

中でも \rm{Fe}は資源的に豊富で安価、かつ大きな磁気モーメントを示すため、強磁性体の主役として君臨しています.しかし、単体の \rm{Fe}は錆びやすいため合金化して利用されます.希土類元素はさらに大きな磁気モーメントを持つものがありますが、キュリー温度が低く高価なため用途は限定されます.

単体で強磁性を示さなくても、化合物化・合金化することで強磁性となる元素は多くあります. \rm{Mn}は単体では強磁性を示しませんが、 \rm{MnAl、MnSb、MnBi}などの化合物は強磁性体です.同様に、 \rm{SrRuO_3}なども強磁性体です.磁性元素を含まない強磁性として \rm{ZrZn_2、Sc_3In}などがあります.

強磁性体の利用分野は膨大ですが、大きく「軟磁性体」「硬磁性体」「磁気記録材料」に分けられます.

軟磁性体は磁場に対して敏感に応答する材料であり、トランスや磁気ヘッドなどに利用されます.磁場への応答スピードが早く、磁場を切ると速やかにただの金属に戻ることが求められます.飽和磁化・透磁率が大きく、保磁力の小さい材料が有用であり、電磁鋼板( \rm{Fe\text{-}Si}合金)などの材料が知られています.

硬磁性体は磁場への応答が鈍く、磁場のない状態でも大きな磁化を持つ材料です.すなわち、保磁力・飽和磁化・残留磁化が大きな材料が求められます.硬磁性体の代表例は永久磁石であり、有名なネオジム磁石やフェライト磁石が市場にあります.

「軟磁性体」「硬磁性体」については別記事でもう少し詳しく解説しています.

一方、磁気記録材料とは飽和磁化の大きさや向きにより情報を記録可能な材料です.コンピューターで二進法が使用されていることは知っていると思いますが、0と1の情報をどこかに書き込む必要があります.磁気記録材料では磁化の正方向・負方向をそれぞれ0・1に対応させており、外部磁場によって磁化を切り替えることで情報を書き換えます.

磁気記録材料を選定するにあたって、情報が簡単に消えてしまっては困るので保磁力がある程度大きい必要があります.しかし、あまりに保磁力が大きいと書き換えができなくなるため、保磁力は軟磁性体と硬磁性体の中間程度の値を保つ必要があります.また、磁化の方向を読み取れるようにするために飽和磁化は大きくなくてはなりません.

磁気記録は磁気テープやハードディスクドライブ(HDD)として実用化されています.HDDは1956年にIBMが開発して以来、今日では  \rm{1 Tbit / in^2} を超える容量を持ちます.情報記録への需要は増す一方であり、  \rm{4 Tbit / in^2}を目指した開発研究も進められています.

まとめ

強磁性体は磁場のない状態でも磁化を持つ不思議な物質です.日常でありふれた \rm{Fe}が強磁性体であることからピンと来ないかもしれませんが、室温で強磁性となる元素は非常に稀です. \rm{Fe}が宇宙で安定に存在し、かつ強磁性を示すことは全くの偶然であり、場合によっては超伝導と同じくらい希少な性質であったかもしれません.

強磁性体の性質は唯一無二で様々な応用先があります.磁石やHDDの性能は年々向上していますが、使用されている材料自体はここ数十年の間あまり変化していません.特に、永久磁石の材料は1980年代のネオジム磁石発見以降、これを塗り替える材料が見つかっていません.性能の向上は、新材料の発見というよりも材料組織や製造工程の改善によるものが大きいのではないかと思います.

飽和磁化は物質の磁気モーメントに依存し、少なくとも物理がひっくり返らない限りは磁化が今の10倍向上するようなことは望めません.最近では日本・世界で新しい磁性材料探索を指向したプロジェクトも広がりつつあり、新しい材料の発見が望まれます.

(たいてい、こういう大規模プロジェクトで革命的な材料って生まれないんだよな…)

参考文献

Introduction to magnetic materials. John Wiley & Sons, 2011.

日本物理学会誌 2020 年 75 巻 12 号 p. 736-745

化学と教育 2007 年 55 巻 9 号 p. 430-433

化学教育 1983 年 31 巻 5 号 p. 358-362